J 山崎廣明&ダイナミクスの巻
まずは、今回のコロコロを読むまえに、物語の復習としてコロコロコラムのB2010・9・16up(山崎さんと川俣君の巻)の回を読んでから、今回のコロコロを読んで貰えると、話が繋がるよ!


では、続きをはじめよう!




俺はこのバンド、「スワンキーバッピン・ダイナミクス」を初めて見たとき、衝撃を覚えたと同時に全てが繋がったような気がした。

うまく説明できないが・・・
なんか自分が進むべき道が、見えてきたような・・・

ズート・スーツという丈の長いスーツを意識し始めたのも、このダイナミクスを見てからだ。


オレはその頃、ジェームス藤木さん、横山 剣さん、井倉晃一さんの影響で、勝手に自分もソウルマンを気取り、最大13人にも及ぶ大所帯バンド

「ザ・コミックメンツ」



のリーダーもしていた。

コミックメンツの誕生秘話も、オモシロいので、今度このバンドの事も取り上げてみたいと思う。

しかし、ここから話が、ややっこしくなるんだが・・・

この頃に、オレは自分の人生の中でバンドラッシュになる。(一番バンドを沢山していた時)


不思議な・・・人の繋がりが、オモロい形で動いて来たので、ちょうど42歳の節目となる今!

ここで暴露する事にしよう!

コロコロコラムBでも書いた事だが、オレは、その頃「マイナー・ドラック」というジャズバンドを主体に活動を続けていた。

その他に完全なる飲み会バンド、ザ・コミックメンツをたまにやり、気持ちの中で剣さんやイクラさんが表現する世界みたいなバンドのイメージを意識していた。
(ミニイクラを気取って襟足にパーマなんかもかけてみたりした)

ジャズをするにもソウルをするにも、オレには必ずこだわっているキーワードがあった!







    「不良」









これにつきる!

若い頃はこの言葉を連発して言っていた。



「不良はよ〜!」

もちろん!これもコロコロ@で書いたように平成名物テレビ・トンガリ編で、イクラさんが連発していた語録をマネしていただけ・・・捧ォ


    コレをやたらメッタら言っていると、たまに勘違いした輩に遭遇する。

そんなヤツはだいたいチンピラ崩れか、カッコよさ、ダサさを頭デッカチに考えてるヤツらだ・・・


だから、
飲んでる席とかで、たまにこんなやりとりもある。

オレ:「やっぱ不良はナンタラカンタラ・・・だからよ〜」←講釈


○○さん:「お前、さっきから不良はどうのこうの言ってるけど、マジでカンベツ入った事あんのかよ!ナンタラカンタラしたことあんのかよ」←講釈

古い考えの人達の「不良」というのは、オレと差すモノが違うらしく、あまり口に出してはいけない言葉らしい。

頼むから!
勘違いしないで欲しいのだ!!

オレはヤクザやチンピラの事やその行為をさして、この言葉を言っていたのではない!

ある意味、社会に対するパンク的思想から、難しい言葉を単純化する為に、不良品の美学的なものを、あえてコミカルに言っていた言葉に過ぎない。


話が、だいぶズレたので元に戻そう!

でもその前にmixi日記では、ずいぶん前に紹介したこともあったとおもうが、改めてオレのバイブル!

『翔とイクラの不良の約束』



この本のイクラさんの話は、不良というより漫画の世界デス。スゴくオモロい!
(本にサインまでして貰いました)

話を戻すと、ようするに、オレは不良(漫画)というキーワードにおいて、すべてのバンドをやって来たし、これからもそうする!

やっぱりトッポくないとゾクゾクしないのだ!

だから初期のダイナミクスにもそれを感じゾクゾクした!

そしてオレのサックスの相棒、川俣くんが、バリトンサックスでダイナミクスに参加しか関係、我々マイナードラックも、この山崎さんのバンドの御披露目とも言える日本の大御所スイング系バンドを集めて行われた、記念すべき第一回のイベント「ヘップ キャッツ グルーヴVo.1」のトップバッターとして、クラブチッタ川崎に出演した!


しかも、我々のバンドはcoolな感じが売りなのに、フロント2人はチャリンコに跨り登場し、お茶目さもアピールした。



そして 第二回目のヘップキャッツグルーヴでは、クールスの村山一海さん率いるできたてホヤホヤのバンド、「ダイナマイトサマンサ」の立ち上げメンバーとしても、出演させてもらい、その時は、な、なんと不良の年功序列的なノリでダイナミクスより後に、このイベントのトリを勤めさせて貰い、スゴく緊張した覚えがある。


なんせオレは、この村山一海さんのバンド「ダイナマイトサマンサ」から初めてテナーサックスを吹いたのだから・・・


まぁ、サックスの事をあまり知らない読者諸君に少し説明しておくと、オレは、マイナードラックでアルト・サックスもまだまだ練習が必要な状況の時に、大御所、クールスの村山一海さんのバンドでテナーサックスを初めてやり、合間をぬって、ソウルバンド「コミッツ・メンツ」のリーダー&ボーカルをこなし、更にこの頃ファンキーチキンズの結成すべく動きにさしかかってた時期だ、(ちなみに、オレに言わせりゃアルトサックスとテナーサックスは、全く別の楽器なのだ!)

     今考えると、よくやってたなぁ〜


っと、つくずく思う。

しかし・・・

この流れは、これでは止まらなかった!

惜しくも、このトッポくてホットなスイングバンド


「スワンキーバッピン・ダイナミクス」は、僅か二年足らずで解散してしまう・・・


そして、川俣君をとうして付き合うようになった。山崎さんがある日某アーティストのLIVEに一緒に行かないかという誘いを受けた・・・

かなり緊張したが、憧れのダックテールズのリーダーからの、お誘いを断る理由は、何ひとつない!

誘われたLIVEは、ロカビリー系スイングバンドの「ジャズ・ビリー」というバンド。


俺はここで山崎さんから、とんでもない事を聞かされ絶句する。


ダイナミクスを、また1から建て直すというのだ!


しかも、なんと!そのリードボーカルを、オレに任命するというのだ!

あまりの事にオレは、返事もできず、


「ちょっと考えさせてください」とだけ言った。
(だって!あーた!それまでの山崎さんのフロントを勤めたボーカリストと言えば、鈴木雅之、横山 剣、村山一海、ジェームス藤木、サンドラの日野さん等、すくなからず名のとうった人達ばかりだ!まったく無名の、どこの馬の骨だかわからないようなチビに、こんな大役が務まるのだろうか・・・ネ)

しかし、まだ若い強引マイウェイな山崎さんは、そんな躊躇な事は待ってられない感じで、その日のうちにオレのダイナミクス入りは決定した。

しかし、オレはすでにその時、別の流れでクールスのサポートメンバーとしてもサックスを吹いていた・・・


たんなる偶然(まぁ厳密にいえば本当は偶然などというものはないのだが)の流れに、まわりからはいろんな事を言われた・・・


しかしオレは、この大役のすべてを引き受けた!

そして!2005年

山崎廣明25周年イベントで、オレがリードボーカルの第二期ダイナミクス


「山崎廣明&ダイナミクス」が御披露目された、そしてゲストが、我々ファンキーチキンズの憧れ!

クレイジーケンこと横山 剣さん!


俺が人生で二番目に緊張した日だね!ヌ


それから五年!

山崎さんには、いろんな事を学ばせて貰った。


そこからは、みんなも知ってるとうりある大阪ツアーで、ふらっと入った「タコタコキング」という粉モン&ブルースの店に感激ゥ

自分もその頃から、粉モン&音楽の店をやりたいなぁ〜と思い、その思いは日を増すごとに強くなり、遂にNHK連続ドラマ「てっぱん」


の初回放送日と同日オープン!

にこぎつけ、また夢をかなえた!
(チキチキ屋mixiコミニュティ近日中設立予定)

その為、志し半ばで、第一回目のヘップキャッツグルーヴから約10年に渡り続いた山崎さんとの関係であったが、ダイナミクスの脱退を申し出た。


しかし、俺にとってバンドは麻薬!

しかも合法ときてる、やめられる訳がないし、やめる理由もない!
ただダイナミクスでは、オレのペースで出来ないだけだ。

だから前々回のコロコロでも書いたような理由で俺は、バンドは趣味の位置で続けて行く事にした!

そして、昔からの気心しれた連中と、オモシロおかしく人生を楽しむ為にオレは、ほったらかしにしていたバンド、ファンキーチキンズに10年目の火を入れ再始動させた!(本当はずっとこのバンド一番やりたかったが、いろんな理由があって、なかなか出来なかった・・・)

そして、遂に5月7日!吉祥寺マンダラにて今度は、そのヘップキャッツグルーヴVol.14で半年前までリードボーカルだった、ダイナミクスと我々ファン・チキのジョイントLIVEが実現するのだ!

ヘップキャッツグルーヴVol.14!

俺にとっては、第一回目から関わって来た思いいれのあるイベント名だ!

是非!この記念すべき日を、みんなにも見届けて貰いたい!

みんな!応援頼むぜ〜〜ゥ

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