Book1
覚悟
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相談したい事があるって言われて行った血盟城の渋谷の部屋で二人きり。少なからず緊張していた僕が聞かされたのは、耳を覆いたくなるような台詞だった。

「俺、コンラッドの事が好きなのかも…なんて…!」

頬を染め、決死の覚悟でカミングアウトした渋谷に、僕は目の前が真っ暗になったように錯覚したんだけれど。

「……そう、なんだ。いいんじゃない?別に」

出来たのは、淡々とした口調で表情を変えずにそう答える事だけだった。

僕は、欲しくて仕方ないものがあっても手に入れられない時があるんだって事を知っているから。誰かを好きだって気持ちが簡単に動くものじゃないって分かっているから。

僕が願うのは僕の想いが通じる事じゃない。渋谷が想う人と幸せになってくれる事。

ウェラー卿なら渋谷を大事にしてくれる筈だし、多分両想いだろう。同じ相手を好きな者同士だから、彼を見ていれば何となく分かる。仮にそうでなくても、ウェラー卿なら渋谷を無下に扱ったりはしない。

悔しいけれど、安心して渋谷を任せられる相手だ。

「平気…なのか?」

「え…?」

「あ、つまり…気持ち悪いとかないか?男が好き…なんて」

最初の返事以降何も言えないでいた僕に、恐る恐る尋ねてくる渋谷。

あぁそうか、親友が男を好きになってしまった事実に僕が嫌悪を抱かないかを確認したかったのか。こちらでは珍しくないけれど、僕らの世界ではあまり馴染みがない関係だから。

「それは大丈夫だよ。僕は別にそういう偏見はないし、そもそも君には男の婚約者がいるじゃないか。今更だよ」

「いや、アレはまた別の話だろ?!第一、誰でもいいって訳じゃないし…」

明るく振る舞おうとする僕に、渋谷が追い撃ちをかけてきた。

そうだよね、誰でもいい訳じゃない。ウェラー卿だから…。

彼には惹かれる要素がたくさんあるけれど、好きになったのはそんな具体的にどこがどうってものじゃないんだろう?ただ、彼だから好きになったんだろう?

そんな事分かってる。それは、僕だって同じだから。

優しくて暖かい性格だからとか、ちょっとヌけてて愛嬌があるからとか、そんな月並みな理由なんてどうでもいい。

ただ、君だから好きなんだ。

君がそこに存在してるだけで堪らなくなる。愛おしさが溢れてどうしようもないくらいに胸が焦がされる。

好きで、好きで、好きで、大好きで、頭がおかしくなりそうなんだよ。

男同士っていう非生産的な関係であろうと、この年齢までそういう関係に馴染みのない生活を送っていようと、それを覆す程に強い想いを君に向けている。

君にとってはそれが僕じゃなかったってだけの事。

でも……。

「それよりさ…渋谷は男を好きになるっていう意味、本当に分かってるのかい?」

止める間もなく僕の口からこぼれ落ちた言葉。自分でも驚くくらいに低く渇いた声で。

「は?何だよ?そ、れ……っ」

気が付いたら渋谷の腕を取って座っていたソファーに両腕を縫い留めるようにして、組み敷いていた。

「え…む、村田…?!」

驚いて見上げてくる渋谷は、何が起きているのかイマイチ把握していない様子で。跳ね退けるとか拒絶の言葉を紡ぐよりも、固まってしまう事を選んだようだった。

「男が好きだって事は、こういう事を…ウェラー卿とするって事だよ?本当に、それも含めて好きだと思える?」

「え、と……」

戸惑いの色に染まる瞳、紅潮する頬。今、君は誰の事を考えているの?僕の事?それともやっぱりウェラー卿の事かな…。

瞳の奥に宿る人物を見たくなくて、逃げるように視線を逸らした。

「男が相手なら、君が受け入れる側になるかもしれない。こんな風に押し倒されて、それから…」

「……っ!」

ゆっくりと近付いた渋谷の首筋に、僕の唇が掠める。

「…っ、村田…待っ…」

渋谷の吐息が僅かに艶を帯びて揺れた。

―――このまま、僕のものにしてしまえたらどんなに…。

でも君は…。君が好きなのは、僕じゃないんだよね。

心臓がキリキリと軋んで悲鳴を上げる。息が止まりそうだ。

もう、これ以上堪えられない…。

「………」

奥歯を噛み締め、僕はふっと力を緩めて身体を起こし渋谷を解放した。

「…村、田……?」

渋谷の方を見れなくて、背を向けゆっくりと立ち上がった僕に少し震えた声が追いかけてきて。僕は…。

「…ごめん。ちょっとやりすぎたかな。でも男を好きになるっていう事は、こういう意味なんだ。それも覚悟しておかなくちゃならないよ?」

激しく後悔した。

「…そ、う…だな……」

動揺し、上擦った声で答えた渋谷。多分、僕の気持ちにも気付いてしまっただろう。

馬鹿な事をしたって分かってる。こんな事をしても、なんにもならないのに…。

「じゃあ、僕はもう行くよ。眞王廟に用事があったのを思い出したし」

心臓が痛くて息が苦しい。これ以上平気なふりをするのは限界で、本当は用事なんてありはしないけれど、嘘をついてでも今はとにかくこの場から逃げたかった。

じゃあねといとまを告げて足が動きかけた時、僕の服の裾が小さく引っ張られた。

「……待った」

思わず振り返ったら、身体を起こした渋谷が俯いて僕の服の裾を掴んでいた。

「………」

感情を読みにくい声音。表情が見えないから、渋谷が何を考えているのかが分からない。逃げ出したいのに足は動いてくれなくて、次に何を言われるのかと息を飲んだ時、ともすれば聞き逃してしまいそうな声で渋谷がポツリと呟いた。

「行くなよ、村田」

「………」

君は、逃がしてもくれないつもりなのか…?僕は弱いから、今はこれ以上平静でいられる自信がない。理性を失って暴走してしまう前に、君から離れなきゃならない。

少し頭を冷やしたらちゃんとまた君の親友に戻るから、そのためにしばらく時間がほしいのに…。

「渋谷…悪いけど僕は…」

「ごめん!」

再びこの場を去るための言葉を口にしようとした僕を遮るようにして、渋谷が言った。

「…何が?何を謝るの?君が謝る事なんて何もないだろう?」

声が震え出しそうなのを、お腹に力を入れてどうにか堪えた。無理に笑顔を作って渋谷に向ける。

君が僕の気持ちに気付いたんだとしても、僕はまだ何も言っていない。してもない告白に対して謝られたってどうしようもないじゃないか。

服を掴んでいた渋谷の手が、僕の手を掴む。その温もりに一瞬心臓が跳ねて、戸惑った僕を見上げた渋谷の顔が泣き出しそうに歪んだ。

「違うんだ…。俺……!俺、狡い事考えてたんだ」

「え、何…?どういう事?」

面食らって目を瞬く僕に、渋谷は苦しげに吐露した。

「…村田は男が男を好きになるとか、ダメなんじゃないかって思って…。もし気持ち悪いとか思われたらって考えたら、恐くて…。だから、「好きかも」とか誤魔化して言ってみたり、好きな相手も…コンラッドだなんて嘘ついて…。で、もし可能性があるなら、それなりの反応してくれるかなって…」

「……え?」

瞬間、思考が白くなった。

ウェラー卿を好きだって、嘘をついて…?

つまり、渋谷はウェラー卿が好きな訳じゃなくて、他に好きな相手がいて…。この流れからすると、その相手っていうのは、まさか…。

「でも…村田は男同士がダメだとか、そうじゃないんだよな?むしろ…俺の自惚れじゃなければさ…。もしかしてもしかすると、ちょっとは俺の事…気にかけてくれてたりする?」

心臓が、さっきまでとは違う意味で煩く跳ねた。

「……自惚れなんかじゃない、よ…。僕は…」

喉が渇いて掠れる声を、唾を飲み込んで湿らせる。まだそうと決まった訳じゃない。僕の勘違いだったら目も当てられない状況に陥る。

だけど……。

「…僕は、渋谷が好きだ。男同士だろうと関係ない。君だから好きなんだ。ずっと、そう想ってきた」

もう、止められなかった。

「村田……!」

渋谷の顔が赤く染まる。嬉しそうなのは、僕の気のせいなんかじゃないよね…?

「何て言うか、その…試すような事してごめん!俺、本当は……。本当は、俺も村田の事が好きなんだ!」

真っ赤な顔でそう言った渋谷を、僕は強く抱きしめた。

「これは、嘘じゃないよね…?」

絞り出すような声で吐き出した僕の言葉に、腕の中で渋谷が頷く。あぁ、どうしよう…。幸せ過ぎて信じられないくらいだ。でも…。

ゆっくりと、僕の背中に渋谷の腕が回った。この暖かさは夢じゃない。

「……大好きだよ、渋谷。君も僕を好きだと言ってくれるなら、もう離したりしないけど覚悟はいい?」

「そんなの、いいに決まってるだろ!願ったり叶ったりだっての!」

目眩がする程の幸福を感じながら、僕は少しだけ腕を緩めて渋谷の頬に手を添え顔を上げさせた。見つめると、意図を察した渋谷がさっきよりも赤い顔になりながら瞳を伏せる。

一度は諦めかけた。渋谷と同じように、恐くてずっと言えなかったこの想い。もう諦めなくていい。恐がらなくていい。

ようやく手に入れた幸せを確かめるように、僕は渋谷の唇に自分のそれを寄せた。


END


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