Book1
告えない想い
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「はい、これ」

「え……?」

僕が差し出した、ラッピングもしていないただの小さな箱にリボンがかけてあるだけのそれを見て、渋谷は目を瞬かせた。

学校帰り、夕飯に呼ばれて行った渋谷家で。夕飯の支度を始めるにもまだ若干早い時間だからって、僕は渋谷の部屋で少しだけ勉強を教える事になった。

一区切りついて、そろそろ美子さんが夕飯の支度を始めるだろうから、その手伝いに階下へ行こうかという所で、僕は鞄から出した小箱を渋谷に差し出したのだ。

今日は二月十四日。日本では女の子達が好きな男にチョコレートを渡すという風習が根付いている。ただ、僕らの場合は渡そうとしている僕も受け取る側の渋谷も男だって事だけがちょっとアレなんだけれど、最近は男から何かを贈る事も、友チョコっていうのもあるし、大丈夫じゃないかなって思った訳で。

だけど、渋谷にはちょっと通じないかな。男からなんて真っ平だって言われちゃうかな…。

緊張しながら渋谷の様子を窺っていたら、渋谷は僕の手にある小箱をじっと見てからそっと手に取った。

掌が軽くなって、同時に僕の気持ちも軽くなる。良かった、とりあえず受け取ってもらえた。

「村田…これ、チョコ?」

「あ、深い意味はないよ?美子さんがチョコ作るのを手伝った時、ついでに自分用のを作った余りなんだ。友チョコってヤツ。だから、気軽に受け取って?」

当たり障りのない言い訳をしながら笑顔を作る。これなら大丈夫…だよね。

「あぁ、昨日おふくろが引っ張り込んで一緒に作ってたもんな。そっか、ありがと」

僕の言葉に渋谷がくれたお返しは、太陽みたいな明るく暖かい笑顔。

あぁ…僕はこの笑顔が何より大好きなんだ。

でも、それを告げたらきっとこの関係は今より遠くなるから。君のこの笑顔が見られなくなるくらいなら、苦しくてもこのままの方がいい。

込み上げる想いと「大好きだよ」って言葉を無理矢理飲み込んで、室内に微かに落ちた渋谷の影とこっそり手を重ねる。

―――僕は、これで充分幸せだ。

「勉強も、教えてくれてサンキュー。村田は教え方が上手いから分かりやすいよ」

「そう?」

他でもない君がそう言ってくれる事が、僕にどれだけの幸福を味わわせてくれるか、君に伝えられたらいいのに…。

「っと、そろそろ下に行こうぜ。おふくろ、村田と一緒に料理すんの楽しみにしてっから、ぐずぐずしてたら呼びに来そうだし」

「…うん、そうだね」

感情を抑えて何でもないふりをしながら話すのに長けている僕は、いつもと変わらない顔で君に微笑んで見せる。

渋谷は、後でゆっくり食べると言って机の上に僕の渡した小箱を置いた。

下手にラッピングなんてしたら仰々しいかなって思ったから、箱が開いてしまわないようにかけたリボンだけで飾られたプレゼント。

本当の気持ちを必死に隠している僕自身と違って、あまりに簡素なため素のままの心が表れてるような気がするそれ。

精一杯の気持ちを込めたこのプレゼントが、中に入ったチョコレートが、僕の代わりに渋谷に甘さを伝えてくれるはずだ。

本心であるかのようなその小箱に背を向けて、部屋の扉を開けた渋谷の背中を追いかけながら、僕は今日も渋谷の親友でいられる事に感謝した。


END


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