Book1
自覚した想い
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今、俺の目の前には一つの箱がある。

それは、とんでもない力を秘めた開けてはいけない箱…なんて物騒なものじゃなく、紙で出来た小さな箱。

約一ヵ月前にはこの中にチョコレートが入っていた。まぁ中身はもちろんとっくに食ったんだけど。じゃあ俺は何でまた部屋で一人、こんなに悩んでるかっていうと、すぐそこに迫ったホワイトデーにお返しをするべきなのかを考えてるからだった。

バレンタインの時、村田にチョコレートを貰った。貰った事はいい。予想外でちょっとびっくりしたけど、特に深い意味のない友チョコだって言ってたし、普通に嬉しかったから。

いや、嬉しかったんだけどちょっと寂しかったような…。何だか分かんねぇけど、何となく。

これはアレだよな、女子から一つももらえず村田とお袋からの二つしかもらえなかったから、それで残念だったんだよな、うん。

……でも、じゃあ何で言わなかったんだ?「男から貰っても嬉しくねぇよ」とか「俺に渡すくらいなら女子に逆チョコでもしろよ」とか。

だってそれが自然だろ?俺だって村田から貰うより可愛い女子から貰う方がいいし…。

そう思って、想像してみる。細い手足、白い肌、フワッとした髪、黒目がちの綺麗な瞳、長い睫毛、それらを隠す眼鏡、背は俺と大体同じくらい…ってコレ村田じゃん!

違う違う!村田はれっきとした男で、頭脳派のもやしっ子とはいえ身体だって……銭湯で見たのは、華奢で筋肉の「き」の字もないけど丸みのない硬い感じで、その……ちゃんと男の証もしっかりあった訳で。

あぁ、いや!別にそんなにじっくり鑑賞したとかじゃなくて、一緒に入ってれば自然と目に入っちゃうって言うか…!こっそり盗み見とかしてたんじゃなくて、村田が隣で身体を洗ったりしてたから!

……話がズレたな。

と、とにかく、村田もチョコを俺に渡すんじゃなくて、可愛い女子に逆チョコすれば…。

…ん?何だ?何でそれを想像してこんな…嫌だとか思ってんだ?俺は村田に彼女が出来そうだとしても、それを邪魔したりするつもりはない…はずなのに。

あぁもう!何で俺はこんな事をグルグル考えてるんだ?村田の事ばっかり考えて、村田の笑顔とか思い出したりして、アイツに彼女が出来たら嫌だとか、これじゃまるで俺が……。

「俺が、村田を好き…みたいな…」

え?え?ちょっと待てよ!俺は男で村田も男で、俺には成り行きで男の婚約者もいるけど男が好きな訳じゃなくて、女の子大好きなのに。男相手に、例えばハグとかチュウとか、増してその先なんて考えたくもねぇし嫌だ!有り得ねぇ!!

……あれ?じゃあ何でそれが村田だと思ったら嫌じゃないんだ?

え、それってもしかして、俺は……。

「好き…なのか?」

それも、友達としての好きじゃなくて、恋愛の…?

いやいや待て、俺。眞魔国はともかく、この国には同性との結婚は認められてない。つまり恋愛も、一部そういう人達がいるのは事実だとしても、それはおおっぴらには認められてない関係だ。俺だってずっとそう思ってきた。

村田もそういう風習は黙認しているかもしれないけど、自分には係わりがないと思ってるだろうし、健全な男子高校生らしく欲しいのは彼氏じゃなく彼女のはずだ。

「………」

…あぁ、そうか…。だから「特に深い意味のない友チョコ」にガッカリしたのか。そういう気持ちはないよって言われたみたいだったから。俺らは友達だからって強調されたみたいだったから。

チクショウ、分かった、認めてやるよ…。

ごめん、村田。俺、お前の事が好きみたいだ。男は好きじゃないんだけど「村田健」は好きなんだ。

ふいにストンと理解した感じがして、何だか肩の力が抜けた。

「でも…どうしようもないじゃんか、こんなの…」

男が…しかも親友の俺がそういう想いを持ってるって知ったら、村田は困るだろう。アイツの事だから避けたりはしないだろうけど、少し距離をとるかもしれない。そんなのは嫌だ!

それくらいなら、俺はこの想いを封印する。黙って村田の隣にいて、親友でいられる事に感謝しながらずっと一緒にいてやる。

それしか、ないよな……。

村田がくれたチョコの箱を眺めながら、俺は一人、部屋でため息を吐いた。

「村田、コレ…。えと、先月ありがとな。と、友チョコとは言えもらったから、一応は返しとくぞ」

先月と同じように、学校帰りに俺の家でそのまま夕飯を…って誘って俺の部屋で村田と二人きり。躊躇したらダメだと思って、俺はすぐにそれを渡した。

こんな風にしか言えない俺に、最初は驚いた顔をした村田だったがそれでも嬉しそうに受け取ってくれる。

「ありがとう」

満月の優しい光みたいに柔らかくて綺麗な笑み。あぁ、クソ…!俺は、この笑顔が何より大好きなんだ。

「開けてもいい?」

「あ、あぁ、もちろん」

ドキドキしていた俺の目の前で、早速渡した小箱のリボンを解く村田。先月と違って夕飯まではまだ時間がある。しまった、やっぱりもう少し後にすりゃ良かったか…?

「キャンディの詰め合わせかぁ〜。美味しそうだね、大事に食べるよ」

色とりどりの飴が詰まった、極薄い緑がかった色ガラス瓶を手に取りニコニコするのを見て、ほわんと幸せが込み上げた。こんな時間が、いつまでも続いてほしいと心から思う。

「あ、そうだ。渋谷はホワイトデーのお返しには意味があるって知ってる?」

「へ?意味?貰った事に対するお礼じゃないのか?」

俺は訳が分からず目を瞬かせて「?」マークを頭上に散らす。

「それもあるけど、あげる物によって意味が違うって話があるんだよ」

「は?!」

何なんだそれ!そんな事は知らず飴を渡した俺はどうなるんだ?!飴にはどんな意味があるんだよ?!

うろたえてまくし立てそうなのをどうにか堪え息を飲んだ俺をよそに、村田は口を開く。

「クッキーだと友達として仲良くしよう、マシュマロだと嫌い、キャンディだと…その人を好きって意味らしいよ?」

え………?

「えぇぇぇぇっ―――?!」

一気に顔に熱が集まる。つまり、隠そうとしてた俺の気持ちが丸分かりって事か?!そうなのか?!

「まぁ、聞く話によってはクッキーが好きで、キャンディが友達で…とかその意味が違ったりするし、実際は当人の気持ちな訳だからあんまり………って、渋谷?え?」

春になり暖かくなってきたとはいえまだ肌寒さが残る日だってのに、妙な暑さを感じ始めた俺と、戸惑ったような村田の声。

「あのさ、渋谷……顔、真っ赤…なんだけど…?」

「――――っ!」

しまったぁぁ!!気持ちを隠す気はあったけど、顔の色までは簡単に隠せない。それでなくても村田は勘のいいヤツだ。あっさりバレたか…?

顔に集まった熱が急激に治まっていくのを感じた。これでもう、今までみたいに一緒にはいられないかも……。

恐る恐る顔を上げた俺が見たのは、真っ赤な顔をした村田だった。

「え、村田……?」

「ごめん、まさか渋谷がそんな反応するとは思ってなくて…」

「あ、いや………」

戻ってくる顔の熱さ。何だこれ、どういう事だ?村田は俺の気持ちに気付いたんじゃないのか?それで、困った顔したりするんじゃなくて顔赤くするって事は、え?え?

―――もしかして俺、嫌がられてなかったりするのか?

「あ、あのさ、渋谷…」

「お、俺!村田が好きだ!」

俺の気持ちもバレてるみたいだし、こうなったら下手に隠そうとしても無駄かもしれない。そんな考えがよぎった時、気付いたら口からこぼれ落ちてしまった。

目を見張る村田には驚きはあっても嫌悪とかそういう色は一切なくて、俺の心臓は耳にまで響くほど煩く鳴る。

「……し、渋谷…それって…」

ますます顔を赤くして口元を隠す村田。うわ……ヤバいだろ!可愛過ぎるだろ!

衝動的に伸びかけた腕に力を入れて制し、俺は小さく深呼吸してゆっくり口を開いた。

「と、友達としてじゃなくて、恋愛の意味で。けど、もしお前が嫌なら…」

「嫌じゃないよ!嬉しいに決まってるだろ?!…あ……」

思わず大きな声で俺の言葉を遮った村田が、階下を気にしてなのか一度下ろした手で再び口を押さえる。俺は頬が緩むのを止められなかった。

「なぁ村田…ちゃんと返事、聞かせてくれるか?」

村田の頬に手を伸ばし、顔を上げた眼鏡の奥の綺麗な瞳と視線を合わせた俺は、抱きしめたい衝動をどうにか抑えながら村田の言葉を待った。


END


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