Book1
守る者、守られる者
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「渋谷!!」

鋭い声に振り返ると、目の前に村田の背中があった。その背中越しにナイフを振りかぶっているヤツが見えて瞬時に庇われたんだと分かり、全身に怖気が走って心臓が凍りつく。全ての光景がまるでスローモーションのようにゆっくりに感じられて、映画でも観てるみたいだった。

そもそもの原因は俺だって分かってる。でもまさか、こんな事になるなんて……。

*

その日、報告として聞いたのはとある村の話だった。

血盟城からそう遠くはない所にある村で、俺はそこの子供達にたまに野球を教えていたから、村の名前を聞いてすぐに分かった。そこが夜盗に襲われたなんて話、俺が聞き流せるはずがなくて。子供達の様子を見に行きたいって無理を言ったんだ。

もちろんみんなに反対されたけど、夜盗は捕まったって話だったし、行くのは昼間だからと説き伏せてその村に向かった。

コンラッドとヴォルフラムとヨザック。そして、俺と一緒に村に行って子供達と仲良くしていた、村田を連れて。

その道中に、盗賊に襲われたんだ。

後で調べてみたら、俺があの村の子供達と仲良くしてるのを知ったヤツらが夜襲をしかけ、囮を捕まえさせて油断させ、心配して駆け付けるだろう俺を狙ったらしい。俺の性格もバレていたようだ。

もちろん優秀な護衛が俺達を守ってくれてたし、俺も一応モルギフを持ってた。いざとなったら魔力も使えるっていうのも油断に繋がったような気がする。

十数人という人数もあったけど、予想外に手強い相手でコンラッドもヴォルフラムもヨザックも手こずっていて、俺も村田を守りながらモルギフを手にその内の一人を相手にせざるをえない状況だった。

だから、気付かなかったんだ。今思えば、これも作戦の内だったのかもしれない。コンラッドもヴォルフラムも、村田が俺を呼ぶ声で気付いた。倒した一人が起き上がって、俺にナイフを投げた事に。

俺がもしフリーだったなら、村田は俺を引っ張って避けさせる事も可能だったかもしれない。でも、俺はその時戦っていてそうする事が出来なかった。だから…。

村田は、俺を庇おうとした。

その瞬間、血まみれで倒れる村田が見えたような気がして頭が真っ白になった。

目の端に、対峙していた相手が剣を振りかぶったのが映る。

―――邪魔だ!!

反射的に俺がソイツをモルギフの腹で吹き飛ばしたのと、多分村田と同じように少し前から気付いてヤツを警戒していたんだろうヨザックが、ギリギリの所でナイフを弾いたのは同時だった。

結果的に村田は無傷で済んだんだけど、あの瞬間は何度思い出してもゾッとする。時間にしたらほんの一瞬の出来事。でも、俺にとっては妙に長く感じた。

もしもヨザックが助けてくれなかったとしたら、村田はどうなっていた? それを考えたら恐くて仕方ない。

血を流し、目を開けないまま冷たくなる村田のイメージが消えなくて、吐き気がする。

俺は、コンラッドやヴォルフラムやヨザックに守られながら、戦う術を知らない村田を守ってた。なのに何で守られてんだ? しかも、命さえ危ぶまれるような形で。

何でこうなった? 何で村田は……。俺は村田に、あんな事してほしくなんかないのに……。

その後、どうにかヤツらを倒して村に来ていた兵士に預け、俺達は安全のため急いで血盟城へと戻った。

城内に入り馬を下りて厩に戻すとヨザックはすぐに報告に行くと言って立ち去り、厩を出て城内へとみんなが歩き出した所でようやく、俺は口を開いた。

「村田……さっきの事だけど……」

「ん、何? どうしたのさ、そんな恐い顔して」

足を止めて振り返り、キョトンとした顔して目を瞬く村田。何でそんな平気な顔してるんだよ?さっきどれだけ危なかったか……。

「頼むからああいうのはやめてくれ……! 一歩間違えば、お前が死んでたかもしれないんだぞ?!」

俺が何を言いたいか分かったんだろう、村田は真面目な表情になってきちんと俺と向かい合う。

「……かもしれないね。でも、その頼みは聞けないよ」

「な……! 何で……」

あっさりと跳ね退けられて驚いた。この後に言われる言葉も。村田が、こんな事を言うなんて……。

「前にも言っただろう? 君は、守られる事に慣れなきゃいけないって。君は王だ。今、この国は基本的に安定しているし、人間の国とも少しずつ同盟を結んでいっている。色々な事が上手く運んでいて、それは全て君の存在があってこそだ。君はこの国だけじゃなく、多くの国の人々の希望でもあるんだ。君を失う訳にはいかない。君に何かあるくらいなら、僕が代わりになった方がマシだよ」

「お前……!」

どこか冷たさを感じる物言いが、あまりにも冷静で当たり前のように言い切った言葉が、自分の命を軽く見ているようで、しかもそれが俺の意思なんて無視している事を表していて腹が立った。

「何言ってんだよ……!」

思わず村田の胸倉を掴んでしまった俺の肩を、ヴォルフラムが慌てて押さえる。

「ユーリ!」

「自分の命が危なかったのに、俺が死ぬくらいなら自分の方がマシ?! 何だよそれ! それでお前に助けられて、俺が喜ぶとでも思ってんのか?!」

感情的になった俺を静かな瞳で見返す村田。本気で言ってんのか……?

「……喜ぶ必要はないけど、それでも君は王を続けられる」

「………っ!」

何なんだ、それ。何でそんな事……!

「今日と同じような事があったら、僕はまた迷わず君を守ろうとするよ。例え僕自身がどうなろうとね」

「村田……!」

あの瞬間、魔力を使うとかそういう隙もないくらいの一瞬で、村田がいなくなるかもって思いがよぎって……。

―――俺が、どんなに……!

「何で……そんな事、俺は……」

吐き出した声は、自分でも驚く程に掠れていた。ふと、胸倉を掴んでいた手を緩め軽く突き放すようにすると、ヴォルフラムの手も緩んだ。

「君の意思がどうあろうと、僕はそうする。君を守るために」

「………!」

その瞬間、俺の身体が動いて鈍い音が響いた。

「………っ!」

「ユーリ!!」

「猊下!!」

俺が村田を殴ったのを見て、咎めるように俺を呼ぶヴォルフラムの声と村田を心配するコンラッドの声が重なる。

ヴォルフラムが俺の腕を掴んだのを振り払うように、足元に倒れ込んだ村田に詰め寄り睨みつけた。

「ふざけんな! 自分はどうなってもいいなんて、そんな訳ないだろ?! 俺の気持ちも考えろよ! そんな風に村田を失った後、俺が平気でそのまま王様続けられるはずないだろうが?!」

加減はしたけど殴られるのに慣れてない村田はふらりと身体を起こし、重く静かな瞳で見上げてきた。

「……僕だけじゃない、ここにいる全員、君の臣下全員が、常にそういう覚悟で君を守ってる。君がどう思おうと、そういう事なんだよ」

「………!」


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