Book1
背中合わせの相棒
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言い渡された任務に、幼なじみで戦友でもあるウェラー卿コンラートが同行すると聞いたのは、出発の前日であった。

普段は側近として魔王陛下にくっついている彼も、その本人がいないのでは側近も何もない。いつ戻るか分からない魔王陛下のため、基本的には任地へ赴く事はないが、何事にも例外はある。

行き先が人間の土地である事に加え、何より目的の人物が彼と、また共に行くグリエ・ヨザックとの顔見知りであるため、より円滑な交渉と旧交を暖める意味を持っての采配だったのだが…。

「しっかし、まさかこんな面倒な事になるとはね〜」

油断なく剣を構え、目の前の敵を見据えながらヨザックは呟いた。

「文句は帰ってから言うんだな」

背中合わせで同じように剣を構える幼なじみが柔らかい口調で答えた。文句を言うなら、このタイミングでここに送った張本人に。ヨザックの上司でありコンラートの兄であるフォンヴォルテール卿グウェンダルに言ってほしいものである。

任地に着いた彼らを迎えてくれた今回の目的の人物は、彼らを見るなり縋るようにして助けを求めてきた。彼の治める町が盗賊に狙われ、その情報を運よく事前に知る事が出来たためアジトへと討伐に向かわせた自警団が返り討ちにあったという事態のせいである。

近隣の町に応援を求めるも、皆自分達の町の警護を手薄に出来ないという理由で断られた。内心とばっちりを恐れていたとも言えるが、そこはお互い小さな町であるため分からないでもない。大きな町に求めた応援の返答を待ちながら、今にも襲われるかもしれない恐怖に怯えていた最中の再会だった。

だが、さすがにたった二人でいきなり突入するほど無謀ではない。まずは組織人数や相手の実力などを探りに行き、それから対策を立てる手筈だった。まさに強襲に赴く途中の彼らに鉢合わせたりしなかったらの話であるが。

「文句ねぇ…。ま、それが言えるなら文句は言いませんけどね〜」

文句を言えるのは帰ってから。無事に帰れるのであればこの際文句は言わない。

「じゃあ、俺から言っておく事にするよ」

「なら俺は代わりに休暇でも貰うとするか」

二人は軽口をたたきながらも油断なく周りを見据え、いつでも応戦出来るよう身構えている。

対峙する事で相手の実力は推し量る事が出来た。人数はこちらの四倍。正直に言えば少々きつい。

だがこの四面楚歌の状況において、不安は欠片もなかった。むしろ、胸の奥から沸き上がるのは…。

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!まとめて片付けてやる!」

リーダー格の男が合図し、ヨザックにも劣らない筋肉を持つ無頼漢の集団が二人に襲い掛かった。

同時に地を蹴る足。弾ける剣の音。最初の相手を斬り付けるのも同時だった。二人は近い位置で戦い背中合わせでありながら、振り向く事なく互いに邪魔な動きを一切しない、完璧な相棒であった。

彼らと対峙した無頼漢達は後に言う。あの二人と戦うべきではなかった、と。

多勢に無勢とも言える戦況の中、鼻先に掠める血の臭いと剣の合わさる音で、ふと昔の記憶が二人の頭によぎる。

目の前の敵を斬りふせ次の相手を気にしながら間合いを取った背中に、同じように下がってきた幼なじみの気配を感じた。とん、と軽く触れた温もりが刹那の安堵と昂揚を与え合い、同時に小さく二人の口角が上がる。

――これはまるであの時のようだ。

共に戦った時代、同じように背中合わせに戦った事がある。今より殺伐とした心境で、コンラートもヨザックも満身創痍。戦況は絶望的とも言えた。けれどもそんな状態にあってなお、たった一つ信頼出来るものがあった。それがこの相棒だ。

二人は恐らく相手も同じ事を考えているであろうと確信しながら、次の瞬間にはまた互いに目の前の敵と斬り結ぶ。呼吸するのと同じく自然に、次の動きが感じ取れる。思考を共有しているかのように、どう動いてほしいのか分かる。

すぐそこにある死の影を振り払い生を掴み取るため、背後を気にせず戦う事が出来る確かな絆。これがある限り、いつでも彼らには勝利がもたらされるのだ。

そう、あの時と同じように。今も変わらず…。

*

「…ったく、何で俺達がこんな目に合わなきゃならねぇんだよ!」

傷の応急手当をし、縛り上げた無頼漢達は情けない顔でそう吐き出した。

「何言ってる。町を襲撃しようとしてただろう?当然の報いだ」

「はぁ?先に襲ってきたのはそっちだろ?」

腕を組み、見下ろすコンラートは上げられた不満げな声に眉をひそめる。

「…どういう事だ?」

「だから!いきなり乗り込んできて、訳の分からない言い掛かり付けてきたのはそっちが先だろって言ってんだよ!」

「アンタらこの先の町を襲う計画立ててたんじゃないのか?んで、それを防ぐために自警団が制圧に行ったって聞いたが…」

町に白鳩を飛ばしたヨザックがコンラートの隣に並び、探るような視線を送る。

「んな事考えてねぇよ!俺らは流れ者で、しばらくあそこを拠点にしてただけだ!」

「町に行く予定はあったが、そりゃ買い物だの情勢の情報集めのためで、襲うつもりなんてハナからねぇ!本当だ!」

口々にまくし立てる彼らは、嘘をついているようには見えない。だが…。

着古した服、特別に不潔という訳ではなさそうだが手入れとは無縁の髪、それに見合う厳つい顔立ち、見るからに強靭そうな体躯、粗暴な言動。どこからどう見ても…。

「…盗賊じゃないのか?」

「違ぇよ!…そりゃ、こんな見た目してっからそう思われても仕方ねぇけどよ」

「お前らはみんなそうなんだ!俺らがこんなナリしてっからって、何もしてねぇのにジロジロ見たりビクビク警戒しやがって!」

「そうだそうだ!だから俺らはこうして町に泊まらねぇで転々と野宿してるってのに、何でそれだけでこんな目に合う?!」

「はいはい、静かに!あんま騒ぐとその口塞ぐぜ?」

「………!」

にわかに騒ぎ始めたのを、ヨザックが鋭い一瞥で押し黙らせる。物騒な方法で口を塞がれそうな気がして一同は息を飲んだ。濡れ衣で、命まで取られたくはない。

「…どう思う?」

「って言われてもね〜。この感じだと、多分…」

「あぁ…」

つまり、勘違い?

「例の情報、隣町からだって言ってましたよね〜?」

「…あぁ」

詳しく調べる時間もなかったから仕方ないが、よく考えればそもそもまずそこからおかしいのだ。

隣町の連中は、何故その情報を得たのか。それは彼らが情報収集の際にでも、次に訪れる町の話をしたからではないだろうか?それを聞きかじった者が訝しみ、勝手な思い込みで襲撃前の情報収集と勘違いした。

気をきかせ、後をつけるか聞き出すかして彼らの拠点を探り当て、ご丁寧にそこまで知らせたようだ。

もしも彼らが本当に盗賊であったなら、怪しまれない人選で、怪しまれないよう情報を集め、居場所を知られるようなヘマはしない。だが、彼らは隠さねばならない事は何一つしていないので、例えば居場所を聞かれれば素直に答えただろう。

一度怪しいと思い込むと、まずそれはおかしいだろうという冷静な思考を薄れさせる。自分達が隣町の危機を救うのだ、という使命感のようなものが邪魔をしたとも言えた。

そして、旅人もあまり訪れない小さな町の大事件であるそれは、多大な偏見と思い込みによる尾鰭を付けた情報として当事者である町にもたらされた。

特に目立った事件もなく平和に過ごしていた彼らは必要以上に怯え、形ばかりで結成されていた自警団は、ようやく出番が訪れたのだと先走って彼らの拠点に乗り込んだのである。

戦う気満々で乗り込んで来た者に、応戦しない訳にもいかない。そして、あちこち旅を重ねて鍛えられた彼らに、勢いだけの自警団が勝てるはずもなく…。

理由もなく強襲された彼らは抗議をするべく町に向かい、その途中でコンラートとヨザックに出会った。剣を持つ二人を見てまた襲いに来たのかと勘違いし、二人はその風貌と、怒りで興奮していた状態をの彼らを見て盗賊がこれから町を襲いに行くのだと納得した。

爽やかな風が吹き抜ける林の道で、縛り上げて大人しくなった盗賊まがいの旅人を前に、二人は同時にため息を吐いた。

かくして、無駄に事を大きくしただけの一件は落着したのである。

「俺、やっぱ帰ったら休暇もらうわ」

「そうだな、俺も少し休むか…」

何だか急に疲れを感じた二人は、それでも今回の出来事を、そう悪くもなかったと思えた。背後に立つ相棒も同じだろうと確信しながら…。


END


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