Book1
雨と傘と君の隣
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誕生日が雨なんて、珍しくなかった。六月頭はちょうど梅雨入りする頃だしね。

雨は空からの恵みではあるけれど、ほんの少しの淋しさも連れて来る。

特に誕生日に降る雨はその淋しさが増すような気がして、昔から雨の誕生日はあまり好きではなかった。

放課後。降り出した雨に軽くため息を吐く。天気予報に従って折りたたみ傘を持ってきた僕は、傘を取り出しながら足を止めた。

少し向こうに、空を見上げて困ったような顔をしている君が見える。

あの様子だと恐らく、傘を持っていなくてどうしようかと思っているんだろう。

「僕の傘に入ってく?」ってよっぽど声をかけようかと思ったけれど、迷っているうちに君は雨の中へ飛び出した。

飛沫をあげて走り去る後ろ姿を見て、後悔と安堵が混ざり合ったのが強く印象に残っている。

そう、あれはもう何年も前の出来事。

雨の日の、淋しい記憶……。

*

約束した時間の五分前。待ち合わせ場所に到着する三十秒前。

通りの向こう側からその姿が見えて、僕らはほぼ同時に手を挙げた。反射神経の差で僕の方が僅かに遅かっただろうけれど、そこはご愛嬌だ。

「村田〜!」

「やぁ、渋谷」

互いに小走りで距離を縮めると、渋谷はとても嬉しそうに笑った。

「おう! ちょうどいいタイミングだったみたいだな」

「そうだね」

僕も自然と笑顔を返す。

ここ数日間で急激に上がってきた気温のせいで、歩いただけで汗をかいてしまっていた。こんな日に相手を待って立っているのは暑い。

渋谷とどこかへ出掛ける時、僕らはどちらからともなく五分前ピッタリに待ち合わせ場所に到着するようになっていた。

僕は少しくらい待つのも平気だけれど、暑い中渋谷を待たせたくはないし、逆に待っていた事で渋谷に気を使わせるのも嫌だから、自然とこうなっている。

特に確認した訳じゃないけれど、あの優しい渋谷の事。多分、渋谷も僕と同じように思ってくれたんじゃないだろうか。

そんな風に思える事が、嬉しい。

「じゃ、行くか」

「うん」

たわいのない話をしながら、僕らは揃って目的地である映画館へと足を向ける。

今日は六月六日。僕の誕生日だ。プレゼントはいらないと言う僕に、せめて映画を奢らせてくれと言ってきたのは渋谷。

折しも金曜日の今日はカップルデー。実は男同士でも割引の対象だ。まぁ、正確にはカップルデーっていうかペアプライスってやつらしいけど。

「あっついなー」

「今日はまた暑かったよね。早くも真夏日だってテレビでやってたし」

「まだ六月だぞ?! 七月や八月になったらどうなんだよ?!」

言いながら、渋谷はシャツをつまんで中に空気を取り入れていた。

上映時間の関係で学校帰りにそのまま直行した僕らはまだ制服姿で、この気温じゃ、衣更えしたばかりの通気性のいい夏服でも汗で張り付いてくる。あぁ、早く劇場の空調設備の恩恵に与りたい。

今日観るのは渋谷も好きなアクション映画。最初は僕の好きなのでいいって言ってくれてたんだけど、僕も気になっていた作品だったし、どうせなら一緒に楽しめる方がいい。だってせっかく「一緒に観る」んだから。

最終的には渋谷も分かったって言ってくれて、今に至る。

「……やっぱカップルばっかだな」

映画館に到着すると、金曜日な事もあって男女のカップルが多かった。もちろん僕らみたいに男同士や、女の子同士のペアもいるんだけど。割合としては圧倒的に男女のカップルが多い。

「カップルデーだからね」

僕がそう言えば、渋谷はすかさず。

「ペアプライスデーって言えよ!」

と突っ込んできた。そんなに気にしなくてもいいと思うけど。

ともかくチケットとポップコーンとジュースを買って劇場内に入る。照明のせいもあるのか密閉空間だからなのか、ロビーよりも涼しい気がした。

「村田、携帯の電源落としたか?」

「うん、さっきね。渋谷はまだ携帯持たないの?」

「いや……まぁ、なくてもあんまり困ってないし。今更もういいかなって」

相変わらず、渋谷への連絡は僕の所にかかってくる。渋谷は夜に家に電話すれば連絡がつくし、昼間は基本携帯を禁じられている学校。放課後や休日は僕が渋谷と一緒に行動する事が多いから何とかなっちゃってるのが現状だ。

「まぁね。でも、これから大学に行ったり働き始めたりしたらさすがに必要になると思うよ?」

「分かってるって。そのうちな」

そんな事を言いながら、まだしばらくはこのままなんじゃないかな。僕個人としては、それがちょっと嬉しくもあるんだけれどね。

そんな会話しているうちに劇場内が薄暗くなり、予告編やCMが流れ始める。程なく本編の上映が開始され、僕らはポップコーンとジュースをお供に映画を楽しんだ。

*

「あれ? 嘘だろ、雨かよ」

映画館を出ようとした所で、空を見た渋谷が眉を寄せる。いつの間にか空は灰色の雲に覆われていて、パラパラと雨が降り始めていた。

急な雨に、同じ上映を観ていただろう人達も帰ろうとして空を仰ぎ、口々に傘がないとか駅まで走ろうとか近くのコンビニはどこか、なんて話している。

「俺らも走るか?」

基本、体育会系の渋谷は数百円のビニール傘を買うよりも、走る事を選ぼうとしていた。

まぁまだ小雨だし、今ならそんなに濡れないで済むかもしれない。その提案に乗るのも有りと言えば有りだ。

傘がなければ、だけど。

僕はおもむろに鞄から折りたたみ傘を取り出し、渋谷に見せた。

「あ」

「今日の予報、午後からは曇り時々雨だよ?」

「いや、だってさ、朝あんなに晴れてたから、意外と降らないかな〜って」

「仕方ないなぁ、もう」

ふと、蘇る情景。あの日、声をかけられなかった僕が記憶の向こう側で淋しげに佇んでいる。

あの日に言えなかった言葉を、今度こそ……。

「僕の傘に入ってく?」

「おぅ、ありがとう。助かるよ」

君が笑う。当たり前のように、僕の隣で。

あの日の僕に教えてあげたい。大丈夫だよ、心配しなくても全てうまくいくって。

渋谷は僕の隣にいてくれて、声をかけなくとも笑顔を向けてくれるようになるんだよって。

広げた傘に二人で入り、歩き出した。すると、唐突に渋谷が声を上げる。

「あ、そうだ。村田、誕生日おめでとう」

二人で入るには小さい傘の中で、優しい雨音に包まれながら渋谷が言った。

「ありがとう」

言い忘れる所だったと笑顔を向ける君。

僕も笑う。当たり前のように、君の隣で。

雨の誕生日でも、僕はもう淋しくない。今の僕には、いつでも太陽のような君がいる。

君の隣にいれば、いつだって心は青空のように晴れやかで暖かい。

小さな空間に一緒にいるのが心地好くて、雨も悪くないって素直に思えた。そんな幸せな誕生日だった。


END


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