1/1ページ目 眞魔国のお庭番であり、諜報員として活躍するグリエ・ヨザックは、初めて耳にする言葉に目を瞬いた。 「そ。そろそろ村田の誕生日なんだけどさ、みんなで祝ったりとか、そういうのは遠慮したいって言うだろうから、みんなに一言ずつ祝いの言葉を書いてもらって、それを渡そうかと思ってさ」 眞魔国の第二十七代魔王であり、話題に上った大賢者こと村田健の親友である渋谷有利は、大きな色紙を差し出してそう言った。 書きたいと希望する者にはすでにメッセージを書いてもらってある。後は、任務で不在だったヨザックにも書いてもらえればほぼ完成する。 「そりゃいいですが、また随分とたくさんありますね〜」 ヨザックは僅かなスペースを空けてメッセージで埋め尽くされた色紙を受け取り、有利の執務机の脇にある色紙を見て感心する。 「希望者を募ったら凄い事になって、みんなに協力してもらったんだけど、結構手間取っちゃってさ。あっちとは時間の流れが違うから、はっきりいつって言えないとはいえ、あんまりずれるのも変だから、焦ったよ」 塔のように重なった色紙は三兄弟や王佐、ダカスコス、ギーゼラ、ドリア達メイドトリオ、眞王廟のウルリーケにまで協力してもらい、走り回った結果である。 「俺が書いたら完成ですか?」 机にあった羽ペンでサラサラとメッセージを書いたヨザックは、まだ乾いていないインクを気にしつつ色紙を差し出した。 「いや、それが……実は、俺だけまだ書いてないんだよね」 「え、肝心の陛下が?」 「なんか、改まってこういうの書くとなると何を書いたらいいのか迷ってちゃってさ……」 「ま、何となく分かりますけどね。ところで、ちょうど猊下にお渡ししたい物があるんですが、いいですかね?」 贈り物まで渡すと収集がつかなくなる事もあり、メッセージに留めたのだろうに、自分だけ品物を渡してしまっていいのだろうか。 「う〜ん……一応プレゼント……贈り物は無しって話にしてあるんだよな〜」 「贈り物っていうか、前に猊下が欲しいっておっしゃってた物を出先で見つけたので、土産って感じなんですけどね」 こういうタイミングなので抜け駆けするかのようだが、ヨザックが渡すのは贈り物というより頼まれ物。それでも、渡す所を見られれば誤解されて他にも贈り物をしたいと言い出す者が増えてもおかしくはない。例えば、某汁王佐とか。 「それ、みんなに分けたり出来ないやつ?」 個人へではなく複数人の中の一人としてなら、何の問題にもならないはずだ。 「あ〜……まぁ、分けるのは難しいですね」 土産品に限らないが、贈り物は食品の類いでない場合、確かに複数人で分けるのが難しい事が多い。 「えっと、何を買ってきたか聞いていい?」 「あぁ、下着ですよ」 「……は?」 「下着です。し・た・ぎ」 予想外の答えに目が点になった有利に、ヨザックは分かりやすいよう小さく下半身を指差してはっきりと言葉にした。 「なんでも、チキュウで使ってるのと形が違うからしっくりこないんだそうで。この辺にはない形なんで、もし出先で見つけたら買ってきてほしいって前に頼まれてたんです」 「え?! それどんなヤツ? トランクス? ボクサー? ブリーフ?」 「おや、陛下も興味がおありですか」 「そりゃそうだよ! だって何度頼んでも俺の着替えはあの紐パンなんだぞ?!」 誰の陰謀なのか、頑なにサイドを紐で結ぶタイプの下着を用意されている身としては、極めて重要な問題である。 「次に行った時は、陛下の分も買ってきますよ。今回のコレは、誰にも見られないように気をつけて渡します。それはそうと、何て書くのか考えた方がいいんじゃないですか?」 色紙を見ながら促すと、有利は再び頭を抱える。 「あ〜! そうだよ。どうしよう……」 「いっそ、俺の贈り物を使い終わったら貸してほしいって書いたらどうです?」 「なるほど! そうすれば俺にも紐パンじゃないパンツが……! ってオイ!」 微妙に本気が混ざっているかのような軽口にノリ突っ込みしてから、有利は残ったスペースを埋めるメッセージを考えて無意味に室内をうろつき始めた。 それからメッセージを書き始めるまでに、たっぷり一時間はかかったのである。 * 「村田、誕生日おめでとう」 話したい事があるからと執務室に呼び出され、目の前に大量の色紙を置かれて有利にそう言われた村田は、軽く目を見開いてそれを凝視した。 「え……これ、もしかして……」 「うん、城のみんなから。あ、眞王廟の巫女さん達からのもあるけど」 盛大に祝われるのは苦手だし、贈り物もあまりたくさんだと恐縮してしまう。それを考えた上でのプレゼント。こうして渡す時でさえ、有利だけしかいないとは、中々徹底している。 手に取ってみると、そこには祝いの言葉や日頃の感謝の言葉などが、名前と共に書かれていた。どれも暖かみを感じるものばかりで、村田の頬が自然と緩む。 「こんなにたくさん……」 まさか、こんな形で祝われるとは思っていなかった。これだけのメッセージをもらって回るのは、かなりの手間だったはずだ。 「ありがとう」 「いや、みんなからだし、コンラッドやヴォルフ達にも手伝ってもらったから」 「でも、発案者は君だろ?」 こういう発想は、こちらの住人にはない。明らかに地球の……有利の考えであると分かる。 「まぁ、そうだけどさ。でも……」 「うん、分かってる。もちろんみんなにも感謝してるさ」 どうやって祝おうかと悩んでくれた事、村田のためにと動いてくれた事、何を書こうかと考えてくれた事、その全てが嬉しかった。 「凄く嬉しいよ。僕は本当に幸せ者だね」 手にした色紙にはたくさんの人達の思いが詰まっていて、涙さえこみ上げてくる程の喜びを与えてくれる。けれど、それをもたらしてくれたのは間違いなく有利なのだ。 この先もずっと側にありたいと伝えたかったが、それは恐らく言葉にしなくとも叶えられる。だから……。 「渋谷……本当に、いつもありがとう」 側にいてくれて、笑ってくれて、幸せをくれて……。その感謝だけを口にした。 「え?! な……んだよ、急に」 「だって、普段は中々言えないからさ。っていうか、渋谷……照れてる?」 「べ、別にそんなんじゃねぇよ!」 僅かに頬を染めた有利が、色紙のメッセージに同じ事を書いている事を村田が知るのは、自室でゆっくりと一枚一枚を読む事となる夜になってから。 この日、村田がもらったのはこの色紙とヨザックからの下着だけであったが、形として残る物以上に多くの物を受け取ったのである。 村田は終始穏やかな表情で、たくさんの者を思いながら、たくさんのありがとうを呟き、何より有利の側にいられる幸福に感謝して、眠りについた。 END <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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