Book1
その瞳に映るのは……
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その日、眞魔国第二十七代目国主……つまり渋谷が主催の、眞魔国派同盟親睦会、向こうで言うなら時期的に新年会のようなものが開催され、その会場となった血盟城はいつも以上に賑わっていた。

広間はたくさんの人で埋め尽くされ、そこかしこで楽しげな笑い声があがっている。こんなにも多くの国々が同盟に加わってくれたのは、一重に渋谷の人望の成せる業だと言えた。

ふと遠い記憶に束の間思いを馳せ、僕はゆっくりと一度目を閉じた。もしもこれがあの彼だったとしたら、こんな風には絶対になっていないだろう。まぁ、そもそも同盟とかするタイプじゃないけれど。

そんな思考を隅に追いやり、顔を上げた。今やすっかり王様らしくなってきた渋谷を見ると、側にフォンビーレフェルト卿がいるのも見える。その姿を目にした瞬間、つい先日の出来事が脳裏に蘇った。

数日前、僕が書庫で踏み台に乗って棚から本を取り出そうとした時、バランスを崩して落ちそうになった。フォンビーレフェルト卿は、それを抱き止めて助けてくれた。

言葉にすれば、ただそれだけの出来事。でも、僕にとっては「それだけ」ではなかった。

見た目だけとはいえ同年代な感じで、背だって体格だってそんなに変わらないように思っていたフォンビーレフェルト卿が、紛れもなくしっかりと鍛え上げられた軍人だと、あの瞬間はっきり分かった。硬い胸板と、力強い腕と、僕を受け止めてもびくともしない重心を感じて、踏み台から落ちそうになったからという理由ではなく、息苦しいほどに心臓が跳ね回った。

そうなって初めて、僕は自覚した。意識している、と。いつの間にか、フォンビーレフェルト卿に対して、特別な想いを抱いているのだという事を。

しかも、動揺した僕は思わず「こんな所を誰かに見られて、妙な誤解をされてしまったら困るよね。君は、渋谷の婚約者なんだし」などと口走ってしまった。これじゃ、意識してますと言っているようなものだ。

それに気付いたのか気付いていないのか、フォンビーレフェルト卿は怪訝な表情で「……そうか」とだけ言って僕を立たせたてくれた後離れて行ってしまったけれど、一体どう思われたんだろう。

いや、別に何とも思っていないかな。だって、彼は渋谷の婚約者で、渋谷はともかくフォンビーレフェルト卿の方は「そういう」つもりでいるんだし。

自分の考えに、心が重くなる。望みがないなんて、最初から分かっていた事だ。僕は暗い気持ちを追い出すように、大きく息を吐いた。

「え〜……皆様、ご歓談中に失礼いたします」

と、唐突に会場内に声が響いた。フォンカーベルニコフ卿の発明品である魔導拡声器を使った、フォンクライスト卿だ。渋谷の隣に立ち、その反対隣にはフォンビーレフェルト卿と、ウェラー卿もいる。

何だろう? 事前に聞いていた段取りには、こんなの組み込まれていなかったはずだけど。何か、突発的な出来事でもあったんだろうか?

話を聞こうと会場内が静かになったのを見たフォンクライスト卿は、おもむろに口を開いた。

「かねてより、ユーリ陛下とフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムが
交わしていた婚約につきましては、皆様ご承知の事と存じます」

その言葉に、心臓が大きく跳ねた。周りはそれに続くであろう言葉、魔王陛下ご成婚のめでたい発表に期待する空気が流れる。

それはそうだろう。婚約とはつまり、その先に結婚がある事を意味しているのだから。

「本日、こうして諸国の方々お集まりの場をお借りしまして、正式な発表をさせていただきます」

成り行きでの婚約とはいえ、フォンビーレフェルト卿はずっとそのつもりで渋谷と接してきていたし、周りにもはっきりとそれを示していた。彼としては望むところだろう。

いや、でも、渋谷の方はそんなつもりはなかったはずだけど……。

気になって、渋谷の様子を窺う。その途端、冷水を浴びたような感覚に襲われた。渋谷は、驚いたり困ったりしている感じじゃない。むしろ、嬉しそうに横を気にしている。つまり、これは渋谷も承知の上の発表で、しかもそれを喜んでいる事を意味している。

いつの間にか、渋谷の方も気持ちが変わって、フォンビーレフェルト卿との結婚を受け入れる気になったのか……。

そういう事なら……渋谷の意向でもあるなら。現在は情勢も落ち着いているし、確かにここらでけじめをつけるのも、いいかもしれない。

理性ではそう思う。けれど、感情がついていかない。胸が苦しい。決定的な言葉を聞くのを拒むように、周囲の音が遠退いた。頭が、クラクラする。

正直に一言で言えば、嫌だ。でもそれは、僕の勝手な想いでしかない。分かっている。

あの、研磨された宝石のような澄んだ瞳に特別な意味を持って映るのは、僕じゃない。僕に出来るのは、ただ遠くから見ている事だけ……。

分かっていても、祝福され、幸せそうにするフォンビーレフェルト卿を見る事など、出来そうになかった。

乾杯用に手にしていただけのグラスから香る、甘い香りが鼻につく。それをテーブルに置き、そっと会場を出ようと移動し始めると、追いかけるようにしてフォンクライスト卿の言葉が続けられた。

「ユーリ陛下とフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムとの婚約は解消。ユーリ陛下におかれましては、ここにいるウェラー卿コンラートとの婚約を新たに取り交わされる事となりました」

「……え?」

足を止めて顔を上げた時、会場内が驚きと戸惑いにざわめく。

今、なんて……?

耳に入ってきた言葉が、にわかに信じられなかった。幻聴だったのだろうか。思っていた事とは、反対の……。

見れば、隣にいたはずのフォンビーレフェルト卿は一歩下がって場所をウェラー卿に譲り、照れくさそうにする渋谷とウェラー卿が寄り添い立つ。その様子に、周りも祝福ムードに変わっていった。そして二人は、飛び交う祝福に手を上げて応えていた。

あぁ、それでウェラー卿もあそこにいたのか。ずっと傍にいて、信頼し合っていた二人だ。その親愛に恋情が加わり、公式にも恋人同士になるため、婚約という形をとる事はいい。妙な噂で不名誉な印象を与えてしまうより、安全で誠実だ。

でも、じゃあ、フォンビーレフェルト卿は……?

いつの間にか、フォンビーレフェルト卿の姿が消えていた。さっきまで、渋谷たちの近くにいたのに。

首を巡らしかけた僕の横から、唐突に声がかけられた。

「こんな所で何をしている」

「……フォン……ビーレフェルト卿……」

どこからどう通ってここまできたのか全く分からないけれど、もしかしたら、目立たないよう会場を抜け出す所だったのかもしれない。あの場には、居辛いだろうから。

「行くぞ」

「え……」

そのまま僕の腕を取ったフォンビーレフェルト卿は、一番近い扉から会場を
出る。僕も一緒に。一人になりたいかと思ったけれど、そうでもないらしい。むしろ、あの場にはいたくないけれど、一人にはなりたくないのかもしれない。

そのまま書庫まで行くと、扉を閉めて二人きりになる。こういう状況は、個人的に気まずい。

「あの……」

場をもたせようと、慰めの言葉を言いかけた時、それを遮るようにして、僕はフォンビーレフェルト卿に抱き締められた。

「……っ! フォンビーレフェルト卿?! 何を……」

「これでもう、問題ないだろう」

「え……?」

何を言っているのか、すぐには分からなかった。でもそれが、この場所でついこの間あった出来事を指しているのだと思い当たった。

まさか、渋谷との婚約解消は……。

「僕はもう、ユーリの婚約者ではないからな。どこで誰と何をしていようとも、誰にも何も言われない」

驚いて言葉をなくしていると、ゆっくりと上半身だけ離れて、真っ直ぐな視線を向けられる。思わずうつむきかけた僕の頬に、逸らすのは許さないとでも言うように、フォンビーレフェルト卿の手が伸びてきた。

「堂々と、お前を口説ける」

予想外の言葉に、心臓が音を立てる。急に息が吸えなくなってしまったように、苦しくてうまく話せない。

「口説……って、ちょ……フォンビーレフェ……」

「前から思っていたんだが、その呼び方はいい加減やめないか? ヴォルフラムでいい。……ケン」

「……!!」

ぶわりと全身が震え、一気に顔が熱くなる。再び大きく跳ね上がった心臓が、口から飛び出すんじゃないかと思った。不意打ちで、こうくるとは……。

「……あの時と、同じ顔だな」

「え……?」

あの時ってこの間ここでバランスを崩したのを抱き止めてもらった事だろうか、とか、そんな風に言われるような、どんな顔してたんだろう、とか考えて目を瞬いた僕に、フォンビーレフェルト卿は僅かに口角を上げ、優しく囁いた。

「僕の事が好きだと、書いてある顔だ」

「な……!」

何を……言うかと思えば……。だって、あまりにも不意打ちで……。今だって……。

「そ……っ、それは、フォンビーレフェルト卿が……っ!」

文句を言おうとした口を、フォンビーレフェルト卿の指に塞がれた。

「また言ったな。次にフォンビーレフェルト卿と呼んだら、口付けで塞ぐぞ」

ムッとしたような顔でそう言い、指を離す彼に……ヴォルフラム、に。驚かされてばかりで、気付くのが遅れたけれど、僕の想いが通じているんだと分かって。

「うん。……フォン、ビーレフェルト卿」

わざとそう言えば、今度はちょっと驚いた表情になり、それから……。

「それが、答えか……」

嬉しそうに唇を寄せてきてくれた。

目を閉じる前に見えたのは、外から射し込む光を弾く、柔らかそうな金の髪。強い意思を閉じ込めた、艶やかなエメラルドの瞳。

そこには今、僕だけが映っていた。



END

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