Book1
願い事
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「七夕?」

「うん。グレタに話したらやってみたいって言うからさ〜」

娘に甘い渋谷はデレデレな顔でそう言った。輝くばかりの笑顔に、娘のためと言いながら君自身も楽しみにしているだろう事が窺える。

元々そういうイベントは重要視していないし、こっちにいると時間的な感覚がズレちゃうから忘れてたけど、言われてみればそろそろそんな時期だった。

愛娘のおねだりを無下に出来ない渋谷が決めた提案には、双黒フェチで渋谷に甘い王佐が張り切って手を貸し、七夕の習慣などないこちらでもそれなりの催しになるだろう事が想像出来る。

「ふぅん…。まあ、いいんじゃない?」

苦笑する僕に、渋谷は手に持った短冊を差し出した。

「これ、村田の分な。明日の夜までに書いといてくれたらいいからさ」

長方形の紙片を見、僕は軽く手を上げてそれを制す。

「いや、僕はいらないよ」

「え〜、何だよ。一つくらいあるだろ?願い事」

少し口を尖らせて不満げに聞いてくる渋谷に、僕の口許が自然に緩んだ。

「ないよ、別に」

「ないって…一つも?もっと体力が付きますようにとか、彼女が出来ますようにとか、デザートはプリンにして下さいとかさ、何かあるだろ?!」

渋谷は驚いてまくし立ててきたけど、体力を付けるにはトレーニングしなきゃならないし、彼女は特に欲しいと思ってないし、プリンなら向こうに帰ればいつでも食べられる。

「渋谷……それ、僕はどれも特に願ってないから」

それならばと更に考え込んだ渋谷には何だか悪いけど、僕には本当にそんなのないんだ。

僕の長年の願いはもう叶ったし、それ以上に望む事なんて何もない。そう、渋谷…君さえ傍にいてくれれば。

「僕」にはいつでも君が傍にいてくれて、惜しみない笑顔を向けてくれる。こんなにも幸せな事が他にあるだろうか?

ただそこに存在してくれているだけで、胸の奥から泉のように溢れてくる幸福感を与えてくれる存在。時々涙さえ込み上げてくる程に僕の心を満たしてくれる君。疑う事ばかりに慣れている僕が唯一心から信じられる、僕の闇を照らしてくれる光。僕にとってこれ以上欲しいものはないんだよ。

でも、躊躇いなく僕を親友と言ってくれる君なら、僕が何も言わなくたってこれから先も隣にいてくれるだろ?わざわざ願う必要なんてないだろ?

だから、僕には願い事なんて何一つないんだ。

ふと、顔を上げた渋谷と視線が絡む。

「じゃあ、俺が代わりに書いてやるよ。村田の健康祈願」

太陽みたいに眩しい笑顔を向けてくる君。あぁ、ほら…。また泣かされちゃいそうだ。

何か言ったら声が震えてしまうかもしれなくて、僕は結局精一杯の笑顔だけを返した。

あぁそうだ、願い事が見つかった。渋谷が楽しみにしている眞魔国での七夕の催し。せっかくの夜なのにと、君の表情が曇らないように…。

"明日の夜は、気持ち良く晴れますように"


END


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