Book1
月下の麗人
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月の明るい夜だった。

深夜の訪問者をそっと自室に招き入れて奥へと促し、村田は部屋の外を伺う。警備の兵士の目を逃れられるほんの数分の間を利用してこっそりと侵入した訪問者は、深夜の巡回を装って堂々と近くまで来てから気配を絶って扉に辿り着いた。

夜陰に紛れて…というには無理がある夜ではあったが、不審者ではない彼は特に見咎められる事もなく訪問に成功した。

辺りに誰もいない事を確認し、慎重に扉を閉めた村田が振り返ると、訪問者は窓に向かって歩を進めながら空を仰いでいた。

「いらっしゃい。フォンビーレフェルト卿」

振り返る、強い意志を宿したエメラルドの瞳。遠い記憶と現在、幻のように存在する「彼」と似通った容姿を持つ少年は、月光を背負い神々しいまでの気品を漂わせていた。前魔王を母親に持ち、貴族として正しく育てられた、誇り高き確固たる格を有する者。

凛とした冷涼な空気を纏う、一見華奢で儚げなこの少年は、その実きっちりと鍛え上げられた軍人である。そして、その力強さを別の意味で知るのは、村田だけだった。

降り注ぐ月光を弾く金の髪、きめ細かな白磁の肌、光を閉じ込めた宝石のような瞳。夜を照らし見る者を魅了する強い光を放つ、月のような少年。

煌々と輝く月の化身を思わせる彼、ヴォルフラムは部屋の主たる双黒の少年と穏やかな表情で視線を結ぶ。

「来いと言ったのはそっちだろう?猊下」

ふわりと静かな笑みを返す、聡明で確かな英知を宿した漆黒の瞳。肖像画の人物とは全く似ていないが同じ色を受け継ぐ少年は、月光を浴びて内から輝くような神秘的で荘厳な気品を漂わせていた。優れた知識を有する賢者の記憶を受け継ぎ、膨大な歴史を刻み込んだ尊き魂を宿す、揺るぎない確固たる格を有する者。

穏やかで優しげな空気を纏う、一見朗らかで人懐こいこの少年は、その実きっちりと計算された思考で狡猾に動く優秀な参謀である。そして、その計算高さを別の意味で知るのは、ヴォルフラムだけだった。

稀なる闇色をその身に宿す高貴な者。夜空を纏ったような髪と闇に沈んだ海を写したような瞳。暗闇の中にあっても紛れて沈む事のない本物の光を持つ、存在そのものが静かで涼しい月のような少年。

ひそやかに灯る月の化身を思わせる彼、村田は招待した客人である白皙の少年と柔らかな表情で視線を結ぶ。

交わした笑みが近付いて吐息が絡んだ。唇からこぼれ落ちるのは逢瀬の時にのみ囁かれる秘密の呼び名。

「ケン…」

「ヴォルフ…」

月下の淡い光の中で重なる影。月そのものを思わせる二人の麗人は互いの熱を分け合った。

艶めいた秘密の逢瀬は、この光が届かなくなるまでのほんの数刻。普段はそうと知られないように振る舞い、太陽に忠誠を誓って尽くす彼らであるが。

今、この時だけは……。

((この月は、僕だけのもの…))


END


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