Book1
夏の夜の光の花の
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「ねぇ渋谷、花火やらない?」

「花火?」

「うん」

「今から?」

「そう」

夏の恒例になりつつあるペンションM一族でのバイトが終わり、明日には帰るという日の夜。最終日だからと早めに上がらせてもらい、お風呂にも入って後は寝るだけになった所で、僕は渋谷にそう持ち掛けた。

渋谷は一瞬目を瞬かせて首を傾げたけれど、昼間買い出しに行った時ついでに買っておいた手持ち花火のセットをビニール袋から取り出して見せると、表情を輝かせた。

「おぉっ!何か懐かしいな。花火なんてここ何年もやってねぇし」

渋谷が手に取ったそれは二人で遊ぶには充分な程度の量で、綺麗に並べられた花火がカラフルな紙で飾られている子供花火セット。中央に、よく分からないけどクマっぽいキャラクターの絵が描かれたボール紙が付いた、いかにも寿命が短そうな花火がやたらと存在感を主張している定番の一品だ。

「狭いけど裏に庭があるだろ?あそこでさ、どう?」

「そうだな。バケツとか蝋燭は?」

「バケツは庭にあるし、蝋燭はこれ。虫よけにもなるらしいよ?」

花火と一緒に買っておいた、小さなバケツ形の容器の中に蝋が入っている青い蝋燭。虫を寄せつけない成分が入っているらしく、まさにアウトドア用だ。

「へぇ〜、こんな便利なモンあるんだな」

蝋燭を持ち上げパッケージを見ながら感心している渋谷の、もう片方の手に持たれている花火セットの端を少しだけ持ち上げ、僕は渋谷を促すように言う。

「とりあえず、花火を袋から出してバラそうか」

「おう」

こういったセットの花火は袋の中でグチャグチャにならないようテープで固定されている。外に行って暗闇の中でバラす作業をするのはやりにくいから、バラしてから行った方がいい。僕と渋谷はまずその作業を経て、ペンションの裏庭へ向かった。オーナーにはすでに許可を取ってある。

庭に置かれたバケツに水を汲み、ペンライトで照らしながら色の禿げた木製のベンチに花火を広げる。使われていない園芸用ブロックで風避けを作り、蝋燭を設置した。借りてきたライターで蝋燭に火を点けると、暗闇に灯る小さな光が微かに揺らいだ。

ペンライトを消し、花火を二、三本手に持って心許ない炎にそれを近付けると、光の花が弾けた。火薬のくすんだ匂いに鼻先を撫でられながら、次から次へ僕らは闇夜を花で飾る。

白、緑、オレンジ、赤。弾けて流れ落ちる綺麗な光の花が、闇に紛れてしまいそうな僕らの顔を照らし出し、久しぶりの花火に渋谷にも笑顔の花が咲く。それにつられて僕も自然と頬が緩み、男二人で小さな子供みたいにはしゃぎながら花火を楽しんだ。

一つ一つの花火がそんなに長くない事もあり、ベンチにあった花火達はあっという間に線香花火だけになる。セットに入っていたのは長手の、和紙で出来たぶら下げてやるタイプのもの。線香花火だから、ゆったり静かにやるつもりだったんだけど…。

「よし、勝負だ!村田」

「え?何、勝負って」

唐突な挑戦に僕は目を瞬いた。

「線香花火と言えば、どっちが長く花火を保てるか、勝負するもんだろ?」

渋谷曰く、昔はシメに必ずお兄さんと線香花火で勝負していたらしい。同時に火を点けて、より長く火が点いていた方が勝ち、という事みたいなんだけど、僕は兄弟もいないし、こうやって一緒に花火を楽しむような友達もこれまでいなかったからそういった事はやった事がない。

「うん。じゃあやってみようか」

勝ち負けは別にどうでもいいけれど、こうして渋谷と楽しめるのは純粋に嬉しかった。

ペンライトで照らしながら、どれにしようかと線香花火を物色している渋谷に思わず苦笑してしまう。僕にはどれも一緒に見えるし、選んだところでそうは変わらないだろうに。

えり抜きの一本を選んだ渋谷と、無造作に一本を選んだ僕が、同時に蝋燭の火に花火を近づけた。

結果は…。

「あ〜!また負けた〜」

落ちた火の玉を見送って、渋谷が声を上げた。僕の持っている花火はゆっくりと柳から最後の菊へと変化し、光を落とさなくなって火の玉がオレンジから黒に染まって暗闇に紛れる。

「これで、僕のニ勝だね。まだやるかい?」

「よし、もう一回だ!今度こそ負けねぇかんな!」

終わった花火をバケツに入れ、気合い充分の渋谷。案外負けず嫌いなんだよね…。

そんな感じで線香花火がなくなるまで勝負したけど、結局は僕の勝ちか、二人とも燃え尽きるまでの引き分けだった。

「さあ渋谷、最後の一本だよ」

線香花火を終えて、すっかり終わったつもりでいる渋谷に、僕は隠しておいたとっておきの一本を取り出す。

「え、まだあんの?つか、線香花火はトリじゃねぇのかよ?!」

何となく最後にやるイメージがある線香花火。でもちょっと静かで寂しい感じがする線香花火を、僕は最後にしたくなかった。

「まぁまぁ。これはとっておきの一本だよ。何と、これ一本で十の変化を楽しめるんだ」

「十変化?!へぇ!すげぇな!」

表情を輝かせる渋谷に、他のより太いその一本を掲げて見せる。これは、セットとは別で買ったもの。特別な一本。前から気になっていて、やってみるなら絶対に渋谷と一緒に見たいと思った花火だ。

「じゃあ、さっきの勝者の特権として、僕がやらせてもらうからね〜」

「え、ここでその特権使うのかよ?!…まあいいけど」

僕の横に来た渋谷が興味深げに見守る中、僕は花火に火を点ける。緑の火花が弾け、それはすぐに紫に変化した。

「おぉ!もう変わった!」

「この長さで十変化だから、結構すぐに変わるんだね」

緑、紫、赤、オレンジ、白…火花の種類の違いも含めての十変化。変わる度、僕らは大袈裟なくらいに歓声を上げた。火花と一緒に弾ける笑顔。こんなに楽しい花火は初めてかもしれない。二人で変化を数えながら、闇に浮かぶ光の花を眺めた。

最後の一本を終えて、使ったバケツを渋谷が庭の水道で洗ってくれている間、僕はゴミ袋を持って勝手口から厨房に入る。そして明日出す予定の燃えるゴミを纏めてある場所に、持っていたゴミ袋を加えた。

それからくるりと冷蔵庫に足を向け、これまた買って冷やしておいた二本の缶コーラを取り出して裏庭へと戻った。

バケツを洗い終えて置いてあった場所に戻し、手を振って水気を飛ばしていた渋谷に、僕は缶コーラを手渡す。

「ほら、喉渇いただろ?」

「お、サンキュー!」

目を輝かせて冷えた缶を手にした渋谷がすぐにプルタブに指を引っ掛けたのを見て、僕は一歩下がって少しだけ距離を取る。渋谷の指が缶を開けた瞬間…。

「どわぁぁっ!!」

コーラが勢いよく噴出した。

「む〜ら〜た〜…」

堪えきれず笑ってしまった僕に振り返り、渋谷は前髪からコーラの雫を垂らしながら睨んでくる。この場合は当然だけど、僕の仕業だとすぐに分かったようだ。

「罰ゲーム代わりのコーラの刑だよ〜。コーラ好きだろ?渋谷」

「そりゃ好きだけど、髪もベタベタで風呂に入り直さなきゃならないだろ?!しかもお前、さっき最後の一本で勝者の特権使ったじゃんか!」

「あぁ、あれ?あれは僕が勝ったご褒美。これは渋谷が負けた罰だよ〜」

僕の言葉に納得出来ないのか、ただ単に不意打ちをくらって悔しいのか、渋谷は口を尖らせて缶を握りしめる。そして缶の口を手で押さえ、少し中身を撒き散らしながらそれを振った。

あれ、もしかしなくてもこれは…。

「くっそ、道連れにしてやる!!」

……やっぱり☆

身の危険を感じた僕は、コーラを持って迫ってくる渋谷を避けて狭い庭を逃げ回る。けど、渋谷のフットワークに敵うはずもなく、あっという間に僕もコーラ塗れになった。

炭酸が弾けるみたいに笑い合い、それから二人でお風呂に入り直す。お風呂上がりには、飲まないまま残っていた僕の分のコーラ。

喉を鳴らして気持ちよくコーラを飲んだ渋谷は、印籠の如く僕に缶を突き出して言い放った。

「今のうちに言っとくけど、来年は俺が勝つからな!」

ほんの今さっきやったばかりなのに早くも来年の線香花火の勝負の話を持ち出した渋谷に、自然と相好が崩れる。

当たり前のようにしてくれる、来年の約束。それは、よほどの事がない限り必ず果たされるに違いない。そんな親友が傍にいてくれるのが本当に嬉しくて、何だか胸の奥がくすぐったい。

僕はコーラを受け取って一口飲み、笑顔で返した。

「来年は、僕までコーラまみれにしないでよね」

「うっわ、何その余裕」

渋谷は一瞬だけ不満げな表情を見せたけれど、それはすぐにまた笑いに変わり、僕も一緒に笑い出した。開いている窓から風が通り抜け、僕らの笑い声を涼しい闇夜に解き放つ。

僕らは来年もまた、こうして笑い合うだろう。立場や状況は毎年変化していくけれど、それだけはきっと、ずっと変わらない。永い間求めていた本当の親友と大切な時間を共有しながら、僕は喜びを噛み締める。

飲み干したコーラの炭酸が、喉の奥でパチンと弾けた。


END


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