Book1
君へ、想いを込めて
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天気のいい午後。テラスで渋谷とフォンビーレフェルト卿と三人でお茶を飲んでいる時だった。

「ユーリー!ヴォルフラムー!」

渋谷とフォンビーレフェルト卿の愛娘、グレタ姫が二人の父親の元にやって来た。

「グレタ〜!」

「そんな物を持ったまま走るな!転ぶぞ?」

途端にデレデレモードになる二人。僕は向こうから見にくい位置にいたからか、近くに来てから気付き笑顔をくれた。

「ん?何持ってるんだ?」

小さな身体には大きな荷物であるそれは、見覚えのある形をしている。

「これ、ほーもつこにあったんだよ。鞄みたいで可愛いでしょー?」

確かにそれは大きさ的にも彼女にとってトランクのようで、興味を引いたんだろう。それはいい。でも、どうして宝物庫に子供が気軽に入れるんだ?それにこれは…。

「あれ?これって…」

渋谷は差し出されたそれを受け取り、テーブルに置いた。そしてそのまま留め金を外して蓋を開く。

「何だ?これは?」

怪訝な表情のフォンビーレフェルト卿。でも僕らはそれに見覚えがあった。

女性の身体のように優美な曲線を描くフォルム。ピンと張った四本の弦。落ち着いた艶のある木製のこれは、まさに…。

「「バイオリン?」」

僕と渋谷の声が揃った。そう、それはバイオリンと呼ぶ以外にないものだった。

「それは、我が国に伝わる魔弦と呼ばれるものです」

「フォンクライスト卿」

美形の王佐がグレタ姫の後を追うように現れた。

「魔弦…?なんだそれ?魔笛みたいなもん?」

フォンクライスト卿を見て首を傾げる渋谷。迂闊に触らないのはいい事だね。

それにしても、そんなの僕は聞いた事がない。という事は、歴史的には割合新しい物のようだ。

「えぇ。ひとたび陛下がそれを奏でられれば、空は曇に覆われ瞬く間に国中を白銀に染める事が可能です!」

「白銀…つまり、雪を降らせるって事?」

「はい!」

季節に関係なく降らせる事が可能なら、それは確かに貴重な物だろう。吹雪や豪雪で脅威をもたらす事だって出来る、危険な物とも言える。

「へ〜。雪は悪くないけど、寒いのは勘弁だな」

僕の考えとは裏腹に、呑気な事を言う渋谷。まぁ、君ならそんな恐ろしい事は考えもしないだろうね。使う時があるならそれは、雪を知らない地域に降らせて喜ばせるとか、そんな感じかもしれない。

「ところで、さっき言っていたばいおりん…とは何だ?」

僕らだけが分かっているのが気に入らない様子で、フォンビーレフェルト卿が聞いてきた。

「あぁ、それは僕らの世界の楽器だよ。これととてもよく似てるんだ。音も同じような感じなんじゃないかな」

「まあ、どっちにしろ俺は弾けないけどな」

「僕はバイオリンなら弾けるけど、これ普通に弾けたりするのかな?」

「えっ?!お前バイオリン弾けんの?!」

驚く渋谷に、余計な事を言ってしまったかもしれないと思ったけど、もう遅かった。

「まぁ、一応。昔、習わされてたから。中学に入る前にやめちゃったけどね」

バイオリンは、小学校に入る前から習い事の一つとしてやっていた。弾く事は嫌いじゃなかったが、勉強の方に集中するために結局はやめる事になったんだ。まぁ、今となってはもう上手く指が動くか分からないけれど。

「なぁ、これ…弾いてみてくれねぇ?!」

「えっ…?」

うん、言われるんじゃないかと思ったよ。

「でも、これは魔王のためのものだろ?君以外は弾けないんじゃないかな?」

「お前なら弾けるかもしんないじゃん!ものは試しって言うし!」

「…………」

キラキラした目を向けてくる渋谷。ふと見ると、フォンクライスト卿もフォンビーレフェルト卿もグレタ姫も、期待に満ちた眼差しを向けている。

「……まあ、試すくらいなら」

結局こうなるんだよね。まあ他ならぬ渋谷の頼みなんだし、いいけど。それに、渋谷限定の魔力しかない僕なら弾けた所で発動しないだろうし。

立ち上がり、ケースに歩み寄る。久しぶりだ。まさかまた弾く時がくるなんて思ってなかった…。

本体を持ち上げ、弦に触れてみる。長い間放置されていたはずなのに、傷んだ様子はない。魔弦と呼ばれるからにはそういう力もあるんだろう。すぐに弾けそうだ。

僕は深呼吸をして弓を持ち、バイオリン…にしか見えない魔弦を構える。この感じ、懐かしいな。

落ち着くために目を閉じると、とにかく音が出るかどうかを確かめるために弓を動かした。

〜〜♪〜〜♪♪〜♪

「おぉ〜!音、出るじゃん!」

どうやら僕でも普通に音を出す事は出来るらしい。発動する気配もないし。

「綺麗な音ー!すごーい!」

「まあ、悪くはないな」

「さすがは猊下!」

口々に称賛を贈られてつい苦笑いが零れた。まだ音を出してみただけで、別に何か曲を弾いた訳じゃないのに。

「なあ村田、何か弾ける?俺、バイオリンをこんな近くで聞いた事ないんだよ。何か曲とか聞いてみたい!」

「グレタも!あ、それならアニシナやツェリ様も呼んで来ていい?」

え?!

「ならば兄上もお呼びしなければならないな」

ちょ……!

「それは素晴らしい!では早速、皆を集めて…」

「ちょっと待ってよ!勝手にどんどん話を大きくしないでくれるかな。僕はそんなに大勢の前で弾くつもりなんてないよ?」

黙っていたら一大イベントに発展していきそうな気がする。盛り上がるみんなをひとまず止めると、渋谷の表情が曇った。

「やっぱ駄目…か」

あからさまにガッカリした顔をする渋谷。……そんな顔しなくてもいいのに。

「仕方ないよな、無理にとは言えないし…」

見れば、グレタ姫やフォンクライスト卿、フォンビーレフェルト卿までが落胆の表情を見せた。

「…………」

見せ物じゃないんだけど…。僕は息を吐き、小さく呟いた。

「……少人数なら。それと、久しぶりだから下手でも文句言わないでよ?」

途端に顔を上げ、表情を輝かせる四人。まぁ、音を出してみた時からこうなるかもって思ってたけどさ。

*

せめてものお願いで数日間練習の時間をもらう事にして、結局僕は十数人の観客の前でバイオリンのような魔弦を弾く事になった。発動しない限り、ただの楽器だしね。

集中するために目を閉じて、構える。僕はゆっくりと息をして、弓を動かし始めた。

ピンと張りのある優しい音色。どうせ弾くなら渋谷に捧げるためにと、この曲を選んだ。

渋谷への、想いを込めて…。

弾き終わると、大きな歓声が上がった。お世辞にも上手いとは言えない僕の演奏に、こんなに喜んでもらえると何だかちょっと気がひける。

「すげぇよ村田!俺、何か聞いててドキドキした」

「ありがとう、渋谷。君のために弾いたんだよ。僕も頑張ったかいがある」

息を整えながら笑顔で答えると、胸がキュッとするような笑顔が返ってきた。

「エリック・サティのJe te veuxですね」

唐突に現れたウェラー卿がそう言ったのを聞いて、僕は目を見開いた。何で…。

「あちらにいた時、陛下のお父上が胎教音楽を買うために行かれた、れこおど店にご一緒した時に聞いたんです。いい曲ですよね」

「………!」

どうせ誰も知らないだろうし、渋谷は曲名とか聞いてくるタイプじゃないからと思ってたのに。どうしてこういうものに限って知っていたりするのかな。

十数年前の渋谷のパパさんに文句を言いたくなったけれど、渋谷のための買い物にケチをつける訳にもいかない。たまたま今の僕にとって都合の悪い事を、たまたまウェラー卿が覚えていたってだけなんだから。

「じゅ、とぅ…ぶ?へぇ、そういう曲なんだ」

「はい。意味は…」

「あ―――!!もう終わりだから、そろそろ解散しようか!」

余計な事を言いそうなウェラー卿の言葉を遮り、渋谷を促す。とりあえずウェラー卿から離しておいた方がいい。

「え、何?意味って…」

言わなくてもいいのにわざわざ教えようとするから気になったらしい、渋谷がウェラー卿に振り返る。ウェラー卿は楽しげに一歩距離を縮めて渋谷に囁いた。

「後で、お教えします」

また、余計な事を…。僕がこの曲を選んだ理由が分かったんだろう。渋谷のためにと言ってしまった後だから、誤魔化すのも難しい。

僕は引きはがすように渋谷の手を引いてウェラー卿との距離をとった。

僕らが動いたのを見てみんなは三々五々散っていく。急いでケースを置いた所に行って魔弦をしまい、それを持ったまま渋谷と一緒にこの場を後にした。

「渋谷、話したい事があるんだ」

「あ、うん」

後で教えるだって?冗談じゃない…!

ウェラー卿から言われてしまうくらいなら、僕は自分で渋谷に伝える。

あの曲に想いを込めたように、僕のこの想いを。

清々しく晴れ渡る空も僕の背中を押している気がした。誰もいない中庭の隅まで来て、僕は渋谷と向き合う。

まずは、あの曲の意味から……。

―――エリック・サティ Je te veux 〜あなたがほしい〜


END


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