Book1
クリスマスの過ごし方
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ひゅうっと冷たい風が耳元を掠めて思わず肩を竦めた。

そこかしこでクリスマスソングが流れる今日、クリスマス当日に、僕は渋谷と二人で街を歩いている。つまり、デートだ。

想いを通じ合ってから初めてのクリスマスは、周りを歩くカップルのせいもあってどうも気恥ずかしい。さっきから僕も渋谷も無言で、こうして並んで歩いていなければ連れだと思われないんじゃないだろうかと思ってしまう程だ。

「……………」

「……………」

何か話さなくちゃって思うのに、冷たい風が言葉を凍らせたのか、白い吐息になって空気に溶けてしまっている。

そのまま何となしに川沿いのグラウンドまで来ると、この季節だからか人気はなかった。

ぴんと張る冬の空気を流す川の風が冷たい。いつもなら野球の練習で賑わう場所の対照的な静けさも手伝って、僕らの沈黙は更に続く。

妙に寒さが際立って、このまま歩くだけじゃお互い身体が冷えるなって思いながら横目でちらりと渋谷を見る。渋谷は俯き加減で唇を引き結び、相変わらず話す気配はない。

僕としてはこうして渋谷と過ごせるならそれだけでも満足なんだけれど、こんな風に変に緊張してしまうくらいならもっとしっかりどこで何をするのか決めておけば良かったかもしれないな。

さすがにこれからどうしようか話そうと口を開きかけた時、隣を歩いていた渋谷が突然立ち止まった。

「……渋谷?」

振り返る僕に、雲った表情で渋谷は言った。

「あ〜…。ごめんな、村田。俺、今日は変に緊張しちゃって。村田とはいつも一緒に買い物したり映画観に行ったりとかしてるのに、何か今日は違う気がしてさ。嬉しいのに、上手く言葉が出ないっていうか…。だから、つまらないとかそういう事は全然なくって、俺としては村田といられればそれでいいんだけど、でもこんな寒い中を歩かせて申し訳ないな〜とか……何だよ?」

ずっと考えてたんだろう事を一気に吐き出した渋谷に、ふと頬が緩んだ。

「うん、僕も同じ事考えてたなって思って」

僕の言葉に、渋谷がきょとんと目を瞬く。

どうやら僕らはクリスマスという恋人らしいイベントを、意識し過ぎたみたいだ。

「いつも通りでいこう?僕達は僕達らしく」

「…そっか、そうだな」

ようやくお互いの肩の力が抜けて、いつもの渋谷の顔が見れた。

ほっとした瞬間また強い風が耳元をすり抜けて、僕は思わず肩を竦める。するとふいに渋谷の手が僕の頬に伸びてきた。

「寒いな。ごめん、すげぇ冷たくなってる。こんな事ならもっとちゃんと色々決めとけば良かったな」

ポケットにでも入れていたのか、暖かい渋谷の手に胸がきゅうっとなる。

「僕も、そう思ってた」

「真似すんなよ」

ふっと笑み崩れる渋谷。また同じ事を考えてたって思うと、何だか嬉しくてくすぐったい。

空気は冷たくて寒いはずなのに心はほわりと暖かくて、込み上げる想いに喉の奥が詰まる。言葉にならない程に渋谷が好きで、好きでたまらない。

そう思った時、何の予備動作もなく僕の唇に渋谷のそれが重ねられた。

「………っ」

ここが野外だとか、見通しのいい昼間だとか、いつも来る草野球のグラウンドだとか、そんな事が頭をよぎったけれど、僕は咄嗟に動けずそのまま渋谷が唇を離すまで静かに受け止めた。

きゅっと抱き寄せられて、僕は渋谷のコートを握りしめる。

「…渋谷、ここ外だよ?」

「お前があんな顔するから悪い……」

「……え?」

あんな顔って言われても自分では分からないから何とも言えないけれど、渋谷がそう思ってくれたなら僕が悪いって事でもいいや。

ねぇ渋谷、この後は買い物でもして僕の家でクリスマスしようか。二人きりで、いつもみたいに騒ぎながら。でも時々、今みたいに恋人らしく。

「…よし、行くか」

身体を離して僕の手を取る渋谷に、今度は僕が目を瞬く。

「どこに?」

「まずは買い物!食い物とか色々買って、村田ん家でパーティーしようぜ」

「僕も、そう思ってた!」

提案しようとしていた事を先に言われ、また同じ事を考えてたのが嬉しくて仕方なくて、僕は笑いながらさっきと同じようにそう言った。

「だから、真似すんなって!」

渋谷も笑いながらさっきと同じように返し、手を繋いだまま歩き出す。

その後クリスマスソングが流れる街まで戻り、僕らはデートの続きを楽しんだ。今度は、いつもみたいにたわいのない話をしながら…。

もう、寒さを感じる事はなかった。


END


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