1/1ページ目 初詣からの帰り道。冷たい風に肩を縮めながら、二人並んで歩く。 こうして一年の始めの一日を渋谷と過ごすのは、ここ何年かずっと恒例になっていた。 「なぁ、村田は何をお願いしたんだ?」 「え、僕?内緒。渋谷は?」 「何だよそれ。んじゃ俺も内緒って事にする」 ふっと柔らかく微笑む渋谷にドキッとして、衝動的に手が渋谷を求めて疼く。思わず喉元まで競り上がってきた言葉に気付き、それを慌てて飲み込んだ。 僕らは男同士で、ただの親友で、特別な想いがあるのは多分僕だけ。眞魔国と違い、こちらではこの想いは簡単に口に出来る事じゃない。 小さく深呼吸して僅かに動いた手にグッと力を入れ、我慢する。いつか言える時が来るかもしれないけれど、少なくとも今は駄目だ。そもそもこんな道端だし、人通りもそれなりにあるんだから。 「あ!そうだ」 「ん?何、急に大きな声で」 少し緊張した所だったからびっくりして、危うい所で飲み込み喉に引っ掛かっていた言葉が僕の奥に戻っていった。 「そういえば去年さ、同じように願い事何だったか聞いた時『来年も一緒に初詣に来れたら願い事を教える』って言ってなかったっけ?」 「え、と……」 結論から言えば、確かに言った。今と同じ関係を一年後も保っていられるか自信がなかったから、また来られたら言ってもいいかなって思って。一年経ったら忘れられるんじゃないかと思ってたけど、渋谷は覚えていてくれたんだ。 些細な事が嬉しくて、これ以上はないくらいに渋谷が好きだって思ってるのに、また更に想いが深まるのを感じた。いつもの事だけれど、本当に渋谷は好きにさせるのが上手い。 「………」 「で?去年は何をお願いしたんだ?」 「うん……また来年も、渋谷と初詣に来れますように。って」 「え、マジで?そんなんよりもっといい事願った方が良かったんじゃねぇの?」 そうして笑顔で答える渋谷。君はこの願い事の意味、分かってないんだろうな…。 ごめんね、本当はちょっとだけ違うんだ。実は微妙に叶ってないんだけれど、それはまだ言えない。でもいつか…例えば来年には、正直に伝える事が出来るのかな…。 だって僕らは毎日のように一緒にいて、さっきみたいにふとした瞬間、想いが溢れてたまらなくなる事がある。このままずっと言わないでいられる自信は、僕にはないんだ。 伝える事でもし仮に敬遠されたとしても、君は優しいから離れて行くなんて事ないだろう?だから、ただ知っていてくれればそれでいい。 僕が、君を誰より想っているって事を。渋谷が男だから好きなんじゃない、渋谷有利だから好きなんだって事を。 白い息をたくさん吐いて気持ちを落ち着けていた僕は、この時渋谷が何か呟いたのに気付いていなかった。 どうにか気持ちに凪を取り戻し、僕はおもむろに口を開く。 「僕はね、渋谷。来年も再来年も…ずっと君とこうして初詣に来られたらいいなって思ってる。ただそれだけで本当に充分なんだよ」 今年も来年も、こうしてただ君の傍にいさせてほしいだけなんだ。本当に、それで幸せだから。 「な…んだよ、それ。欲がないな〜、村田は。そんな事なら……」 言いながらこちらを向いた渋谷と目が合って、込み上げる愛おしさに頬が緩む。 僕が本気でそう言ってるのが伝わったのか、渋谷がちょっとびっくりしたような顔をして前に向き直った。僕もつられるようにして前に向き直る。 ひょっとしたら僕の想いまで伝わっちゃったかな?…いや、そんなはずないか。渋谷はそんな事考えてもないだろうから、単純に照れただけかもしれない。それでも、親友としての言葉だと捉えているんだろうけれど。 そうして吐いた息がまた白く煙って霧散した時、渋谷が聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。 「また来年も一緒に行こうな」 「え……?」 驚いて再び顔を上げて見た渋谷の顔が耳まで赤くて、寒かったのに僕の顔が一気に熱くなった。 まさか、ね…。こんな簡単に上手く行くなんて、世の中がそう甘くない事を僕はよく分かってるはずじゃないか。 思わず沸き上がってしまった期待を振り払うように俯いた僕の手に、暖かいものが触れてきた。 『気持ちが伝わっても、また一緒に初詣に来れますように』 来年はこの願い事が叶うのも、実は渋谷が僕と同じ願い事だったのも、知るのはこれから一年後の事。 渋谷の想いが分かるのは、今から数秒後の事だった。 END . <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
[編集] |