1/1ページ目 頑張って覚えて、ようやく読めるようになった眞魔国の文字。最近私はこの国の事を少しでも知りたくて、書庫にある膨大な量の本たちを読みやすいものからちょっとずつ読ませてもらっているのだけれど……。 手を伸ばし、背のびしても微妙に届かない位置にある棚に掠る指先を睨みつける。本当にあと少しなのに、ほんのちょっとだけ届かないんだよね。いっその事、全く届かないとかいうなら諦めもつくってものなのに。 潔く踏み台とか椅子とかを持ってくればいいんだけど、それはなんだかちょっと悔しい。だって、あとちょっとだし。 棚に掴まりながら爪先立ちして、どうにか目的の本が乗った棚に指先が触れた時、背後から伸びた手が目的の物を棚から抜き取った。 「これ?」 「……っ?!」 本を取る事に集中していて近くに来た事に全く気付かず、唐突にかけられた声に文字通り飛び上がる。 振り返ると間近い位置に彼……健ちゃんの存在があって思わず棚に背を預けた。 「うん……。あ、ありがとう」 あぁ、びっくりした。っていうか、一体いつの間にこんなに近くに来たの?! さっき見た時は、いつもの指定席で本を読む事に集中していたみたいだったのに。 やたらと早い心臓を宥めるようにゆっくりと息を吐いた私は、取ってもらった深緑の上品な装丁を施された本を受け取ろうと手を伸ばす。と、その瞬間本がスッと遠ざかった。 え、と目を瞬いて健ちゃんの顔を見ると、彼はやおら棚に手をついて私を狭い空間に閉じ込めた。 「……出来ればお礼は言葉より、態度で示してほしいな」 「………え?」 いつもより幾分か低い声音で。いつもの穏やかな表情を妖しい色に染めてまっすぐに見つめてくる瞳に、私の背中がざわりと甘い震えを走らせた。 見た事のない彼の「男」の顔に、心臓が痛いくらいに跳ねてる。急にこんな事するなんて反則じゃない?! もっとこう、心の準備とかしてから……いや、してからでも同じかもしれないけども! っていうか、これって一体どう解釈すればいい訳?! 態度で示すって何?! 何をするのが正解なの?! もっと具体的に言ってくれたらいいのに、彼は何も教えてくれない。 普段はしまい込む事が出来ているはずの想いがどんどん競り上がり、思わず口が開きかけた時、私に向けてくる彼の表情が、ふっと崩れた。 「冗談だよ。君は本当に可愛いね。……小さいし」 「なっ……!」 何ですと……? これだけ人をドキドキさせておいて、期待させておいて、危うく告白しちゃいそうにさせておいて、冗談でした……ですと? しかも可愛いって言われてちょっと嬉しかったのに、それって可愛い=小さいって意味な訳?! 確かに私は、平均的な身長よりやや……割とそれなりに低いし、健ちゃんは高校生男子らしくそれなりの身長である訳だけども。小さいと言われて違うとは絶対に言えない私だけどもっ! つまり身長が低い事を否定する事も、ましてうっかり告白してしまいそうになった事など言えるはずもない訳で。……あぁ、何も言い返せない自分が悔しい。 心臓に悪い冗談を言ったうえ、余計な一言を付け加えた彼を思わず睨みつけると、今度は朗らかな笑みが下りてきた。 「でも、君が届かない物を取るのが、いつも僕ならいいなと思ってるよ」 「……え?」 柔らかい笑顔に毒気を抜かれ、疑問符を頭上に散らす。え? 何、それはどういう意味……? 間抜けな表情をしているだろう私に取ってくれた本を渡し、彼はそれ以上言わずに踵を返す。 差し出された本を反射的に受け取ってから、言われた言葉をゆっくりと反芻して咀嚼し、顔が瞬時に熱くなった。 ……この言葉は、私に都合のいいように受け取ってもいいのだろうか。 私は慌てて背を向けた彼を追いかけ、服の裾を掴む。 「何、どうしたの?」 私はこんなに動揺してるのに、いつもと変わらない涼しい顔してるのがまた小憎らしい。……でもこういう所、実は結構好きだったりするんだけど。 「……さっきの、どういう意味……なの?」 勇気を振り絞ってした質問に振り返った健ちゃんは、腰を折って屈み私の耳元に唇を寄せてくる。 思わず身を引きかけた私の腕を引き寄せ、彼は私にしか聞こえない声で囁いた。 「君が僕を好きなように、僕も君が好きだって事だよ」 「………っ?!」 思いがけない告白。 隠していたはずの気持ちがしっかりばれていたんだという事、彼も私を想ってくれていたという事、その両方が頭の中でこんがらがって言葉が出なかったけれど。 それは確かに、密かに募っていた彼への想いが届いた瞬間だった。 END . <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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