1/1ページ目 そう言ったら、あんたは一体どんな顔をするだろうか……。 なんて事を思ったのは、一度や二度じゃない。その言葉が、喉元ギリギリまでせり上がったのも。 だが、いつも制止かかる。言うな。言っても無駄だ。彼女がこっちにいる時間はそう多くはない。その間、俺もずっと傍にいられる訳じゃない。想いを伝えて気まずくなって、せっかくの時間を台なしにしたくはねぇし、減らしたくもない。 臆病者だなんて事は、誰より俺自身が一番よく分かってる。それでも、あの笑顔を曇らせちまったら、あの声が暗くなっちまったら。そう考えたらどうしても踏み込む事が出来なかった。 もし……。もし仮に想いが通じ合ったとしても、元々住む世界が違う俺達は、いつか別れる事になる。そんな俺なんかより、同じ世界の相手の方が似合いだろう。例えば、猊下みたいな……。 いずれにしろ、俺の手には入らねぇんだ。だったら、このまま……。今の関係を、崩したくなかった。 小さくため息を吐き出した俺の目線の先には、庭で紅茶を飲みながら菓子をつまんでいる姫さん。その隣には猊下がいて、坊ちゃんとプー閣下が同じ卓についている。坊ちゃんとプー閣下は相変わらず何やら痴話喧嘩をしているが、それを気にしない様子で猊下と姫さんは談笑していた。 特に聞いた訳でもねぇが、ああいうのを見てると、やっぱデキてるんじゃねぇかと思えてくる。だが、実際のところ……。 「近いうち、猊下は彼女に告白するらしい」 気配を感じて振り返るのと、その言葉は同時だった。そこに立つ俺の幼なじみは……コンラッドは今、何て言った? 「な、に………?」 「上手くいけば、猊下は今より血盟城にいる時間が増えるだろうし、ああいう仲睦まじい様子も頻繁に見る事になるだろうな」 「……あぁ。そう、か……。そう、だろうな……」 確かに、それは簡単に想像出来る。今以上に一緒に行動し、寄り添って歩き、特別な笑顔を、猊下だけのために見せて……。 考えるだけで胸が重くなった。ドロドロした気味の悪い何かが身体中に渦巻いているようで、息が苦しい。猊下に対してだってのに、俺は……。 「なんてね、嘘だよ」 「……はぁ?!」 「猊下が告白するって話。そんな話は聞いた事がない。あの二人は、ただの友人同士だよ」 涼しい顔でそう言うコンラッドに、今度は大きなため息が出た。 「……ったく、一体何のつもりだ?」 軽く睨みつけてやったが、コンラッドは平然と口を開く。 「ちょっと、控え目な幼なじみの背中を押してやろうかと思ってね」 「…………」 コンラッド相手に隠せてるとは思ってなかったが、やっぱバレてたらしい。俺の、姫さんへの想いも。それを、諦めようとしている事も。 「ヨザ……お前さっき、絶対に嫌だ。って顔してたぞ」 それは多分、他の誰に見られていたとしても気付かれなかっただろう、俺の本音。姫さんを、猊下に……他の誰にも取られたくないっていう、俺の自分勝手な願い。まぁ、長い付き合いの幼なじみでなければ、見えなかっただろうが。 「さっき言ったのは嘘だが、いつかはそんな日が来るかもしれない。本当にいいのか? このままで」 そう。いつそんな日が来たっておかしくはない。俺が何か言った所で、それは変わらないかもしれない。 ―――だが、それでも。 「いい訳ねぇだろ?! そりゃあ、俺だって言えたらと思ってる! 例え結果は変わらなくても、何もしないで諦められるほど簡単じゃねぇよ! けど、姫さんとはいずれ逢えなくなる日が来るかもしれねぇんだ! だったら……!」 「だからこそ、じゃないのか?」 「…………っ!」 「お前のそれはただの言い訳だろう? 逢えなくなるかもしれない。だからこそ、言えるうちに言っておかないと、そうなってからずっと後悔して生きる事になるんじゃないのか? 」 「…………!」 脳裏に、ある人物がよぎった。ひょっとしたらコイツも、ずっと後悔してきたんだろうか……。自分の手には入らないと分かっていても、せめて想いくらいは告げておけば良かったと。 決して告げる事が叶わなくなるくらいなら。二度と逢えなくなっちまう、その前に……。 「言い訳……か。そうかもな」 結局、俺は逃げてるだけなんだ。姫さんの気持ちを知るのが恐くて、当たり障りのない態度で誤魔化して、自分に嘘をついて……。 「言っておけよ。……言えなくなる前に」 たっぷりと実感のこもった言葉が、ズシリとのしかかった。想いを伝えられるのは、今だけかもしれねぇ。明日には、もう逢えなくなる事だってありえる。 そう思って視線を移した時、その先にいた姫さんが、こちらに気付いて顔を上げた。 笑顔で小さく手を振るその姿を見るだけで、心臓が波打ち全身が震える。俺の全てが、彼女を好きだとそう言ってるのが分かる。 自然と頬が緩む俺と、隣で手を上げて応えるコンラッドのもとに、姫さんが駆け寄って来た。 幼なじみが俺の肩を叩いて歩き出し、距離を縮める。そして、小声で姫さんに何か伝えてそのまま猊下や坊ちゃん達のいる所に行っちまった。 入れ代わるようにして俺の傍に来た姫さんは、真っすぐ俺を見て柔らかい笑みを浮かべる。 「コンラッドに聞いたよ。話って何?」 「…………っ」 アイツ……! これじゃあ背中を押すって言うより、むしろ蹴っ飛ばしてんじゃねぇか! 「ヨザック……?」 「あぁ、いや……えっと〜」 俺は大きく深呼吸を一つして、姫さんを見る。 あぁもう! いいだろう、こうなりゃ蹴っ飛ばされてやろうじゃねぇか。 「姫さん、俺……本当はずっと言いたかった事があったんですが、色んな事をゴチャゴチャと考えちまって、言えませんでした。けど、もう余計な事を考えんのはやめた」 俺が何を言おうとしてんのか分からない様子で、可愛らしく目を瞬く姫さん。俺は……。 「俺は、あなたが好きです」 そう言うと、姫さんは目を大きく見開いて固まり、それからゆっくりと頬を染めた。 「あの……え……と、それって……恋愛の意味で……って、受け取っていいの?」 「……そうですよ。一人の女性として、惚れてるって意味です」 重ねて言えば、ますます顔を赤くした姫さんは、それを隠すようにして俯く。 この反応は、どう受け取りゃいいんだ? 少なくとも、迷惑そうにはしちゃいないらしいが……。 「ありがとう。……凄く嬉しい。私ね、初めて眞魔国に来た時はたまたま巻き込まれて来ちゃっただけなんだけど、それから後はお願いして連れて来てもらったんだよ。……ヨザックに、逢いたかったから」 「え……」 それは、つまり……。 「ヨザックが、好きだから……」 小さかったがそれでもハッキリと聞こえたその言葉は、聞き間違いでもなければ夢でもなかった。 「……本当、ですか?」 俯きながらもハッキリと頷く小さな身体。その存在に、胸が一杯になる。 俺と姫さんは、これから先逢えなくなる日が来るかもしれない。それでも、絶対に来ると決まってる訳でもない事のために、自分に嘘をつくのはやめた。例え離れる運命にあったとしても、抗ってやる。 「姫さん、これからずっと……俺と一緒にいて下さい」 俯いた姫さんにも見えるように差し出した俺の手に、暖かく柔らかい手が重ねられた。 「……うん」 顔を上げ、はにかんだ笑顔を見せた姫さんは今まで一番綺麗で、急激に愛おしさが込み上げる。 あぁ、もう……たまんねぇな……。この人はどんだけ俺を夢中にさせれば気が済むんだよ。こんなん、手放せるはずがねぇじゃねぇか! 目茶苦茶に抱きしめて口づけたい衝動を必死で抑え、俺はお節介な幼なじみに報告するため、歩きだした。 なったばかりの恋人と、手を繋いで一緒に。これからもそうありたいと、切に願いながら……。 END . <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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