今世(きょう)まで大賢者!
序章 〜予兆〜
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「…………そんな顔……しないで………」

静かに零した彼女の声音は、弱々しく擦れていて、消えかかる灯火が目に見えるかのようだ。

優しく、温かく、よく通る明るい声が、好きだった。

春の陽だまりのように柔らかく微笑むのも、くるくるとよく変化する表情も、宝石のような瞳も、風を孕んで優雅に舞う艶やかな髪も、考え事をしている時に髪を弄るくせも、全てが愛おしかった。

そのたおやかな仕草、ひとつひとつを見ているだけで幸せな気持ちになった。

だが、今の彼女は病に侵され見る影もなく弱り、起き上がることさえ出来ない。

心配をかけまいと懸命に笑顔を向けてくれているが、この儚い笑みはいつ消えるとも知れない。

そう思うと、途方もない喪失の恐怖に、暗く冷たいものが胸に込み上げてくる。

取り付いた病魔が彼女の命を削り始めてから、いつかはこの日が来ることは解っていたし覚悟もしていた。

いや、していたつもりだった。

「大丈夫………。きっと、また………逢えるから………」

乾いた唇から吐息混じりに言葉を漏らす、小さな呟きのようなそれを僅かでも聞き逃すまいと、必死で耳を傾けた。

「だって…………私達………は…………」

*

“ピピピピ……ピピピピ……ピピピピ……”

唐突に割り込んできた音にむっと眉をひそめ、手探りで音の元となる物を探し当ててそれを手に取る。

目覚ましに使っている携帯電話だ。

二つ折りになっているのを開けてアラームを止め、大きくゆっくりと深呼吸する。

懐かしい記憶を、夢で見た。これは、遙か遠い昔の思い出。

一番古い記憶。忘れる事を許されないが為に、ずっと胸の奥に残る、切ない情景。

「また逢える……か。…………もう、これ以上は待てないんだけどね………」

小さく呟く。この記憶を持つのは、恐らく自分で最後だ。

短く息を吐いた村田健は、緩慢な動きで起き上がり、登校の準備を始めた。


第一章に続く…

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