1/1ページ目 静かに零した彼女の声音は、弱々しく擦れていて、消えかかる灯火が目に見えるかのようだ。 優しく、温かく、よく通る明るい声が、好きだった。 春の陽だまりのように柔らかく微笑むのも、くるくるとよく変化する表情も、宝石のような瞳も、風を孕んで優雅に舞う艶やかな髪も、考え事をしている時に髪を弄るくせも、全てが愛おしかった。 そのたおやかな仕草、ひとつひとつを見ているだけで幸せな気持ちになった。 だが、今の彼女は病に侵され見る影もなく弱り、起き上がることさえ出来ない。 心配をかけまいと懸命に笑顔を向けてくれているが、この儚い笑みはいつ消えるとも知れない。 そう思うと、途方もない喪失の恐怖に、暗く冷たいものが胸に込み上げてくる。 取り付いた病魔が彼女の命を削り始めてから、いつかはこの日が来ることは解っていたし覚悟もしていた。 いや、していたつもりだった。 「大丈夫………。きっと、また………逢えるから………」 乾いた唇から吐息混じりに言葉を漏らす、小さな呟きのようなそれを僅かでも聞き逃すまいと、必死で耳を傾けた。 「だって…………私達………は…………」 * “ピピピピ……ピピピピ……ピピピピ……” 唐突に割り込んできた音にむっと眉をひそめ、手探りで音の元となる物を探し当ててそれを手に取る。 目覚ましに使っている携帯電話だ。 二つ折りになっているのを開けてアラームを止め、大きくゆっくりと深呼吸する。 懐かしい記憶を、夢で見た。これは、遙か遠い昔の思い出。 一番古い記憶。忘れる事を許されないが為に、ずっと胸の奥に残る、切ない情景。 「また逢える……か。…………もう、これ以上は待てないんだけどね………」 小さく呟く。この記憶を持つのは、恐らく自分で最後だ。 短く息を吐いた村田健は、緩慢な動きで起き上がり、登校の準備を始めた。 第一章に続く… . <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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